2018年04月13日

12月のある日、息子が下唇の裏にできものができたと言ってきました。

見ると3mmほどのプクッと膨らんだできものがありました。


「あー多分口内炎だよ。痛いでしょ?」


「痛くないんだよ。全然。」


「まぁとりあえず口内炎ならいつの間にか治ってるから。いつまでも治らないならまた教えて。」


そんな軽い感じの会話だったように思います。


そして1月。


「ねぇお母さん。口内炎なかなかよくならないんだよね。」


「えー!?長いねぇ。薬でもぬる?」


私はドラッグストアで口内炎用の薬を買い、指示通りに塗り続けました。


さすがの私もそれからはちょっと気になり数日おきに患部を見せてもらっていました。

すると、プクッと膨らんだできものは、ある日しぼんで、またプクッと膨らんできます。


これは、口内炎じゃないかも・・・?


2月になり、近くの歯医者さんに言ってきました。

結果、下唇の裏にできたできものは口内炎ではなく、粘液嚢胞というものでした!!

唇の裏には、唾液を出す腺が沢山あるようで。それが矯正器具でいつも同じ場所が当たったり、唇を噛んだりしてしまったりといった物理的な刺激で唾液腺がつぶれてしまい、行き場のなくなった唾液によりプクッと膨らんでしまい、それが限界を迎えると破れて唾液が出て、また膨らんで・・・と繰り返すそうです。(かかりつけの歯医者さんより)



そんな病気があること、40年以上生きてきて初めて知りましたよ。


どれくらい経つと治るのかなーなんて思っていると


「これは手術をしたほうがいいかもしれませんねぇ」





と先生。



え?手術?そんな大ごとなの???Σ(゚д゚;)




どうやらできものを取っただけではまた再発するので、原因となっているつぶれた唾液腺も一緒に取り除くそう。
うちが通う歯医者さんではできないので、大学病院を紹介すると言われました。


実は私はこの時自身の卵巣嚢胞(のうほう)の手術を控えていました。(なんか似たような名前だわ・・・)


もう通院やら検査やらで予定がいっぱいで、申し訳ないけど息子の通院や手術にさく時間ありませんでした。
先生に相談すると、息子の粘液嚢胞は特に急を要するものではないので、私の手術が終わるまで様子を見ようということになりました。


そして私の手術が終わり、自宅療養が終わったタイミングで息子の状態を見せに近所の歯医者にまた行きました。

状態はまだ変わらず・・・。


春休みに手術をしてしまうか、もう少し様子を見るか聞かれました。


でも、この時点で春休みは始まっていて、ここから大学病院の予約をとって、診察して、後日手術の予約をして・・・となると、多分新学期が始まってしまうでしょう。
慌てて手術はしたくないし、息子はとにかく異常なほどの怖がりなので、もう少し様子を見ることにしました。


そして4月。

なんとなんと、できものが小さくなっているではありませんか!!
3mmほどあったできものは、3月の時点では5mmほどになっていました。
このまま大きくなっていくのかなぁなんて不安に思っていたのですが、先日ふと見ると1〜2mmくらいの小さな小さな点しかないのです!


ネットなどで調べると、自然に治ることも稀にあるとのことでした。
まだ完全には消えていませんが、もしかしたら治るかもしれない!!!


次の診察は5月なので、それまでに治ってくれるように、歯磨きでこすらないように、ご飯食べるときに間違えて噛んでしまわないように気を付けて過ごしています。


どうかこのまま治りますように・・・。


あまり美しくありませんが、参考になれば・・・。


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     一番ひどかった時




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     現在です。







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jun_rina_tk at 11:00コメント(0)病気

2018年04月11日

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昨日は近所の幼稚園で入園式が行われているようでした。
真新しい制服に包まれた子供たちはまぁ小さい小さい。

明日から大好きなママと離れ離れとどこまで理解しているのか、お土産の風車をみんな嬉しそうに風にかざして歩いていました。

自分の子供たちもこんなに小さかったのかと、ふと昔を思い出しました。


息子はすごい人見知りで慎重派。なのでスーパーで一人どこかへ行ってしまうなんてことは皆無で、いつも私にべったりでした。

そんな息子が幼稚園入園から1週間、全く泣かずにぐずらずに楽しく通園していました。
相当の覚悟をしていた私は、ほっとすると同時にとても寂しい気持ちになったのを覚えています。


そして1週間を過ぎたある日、幼稚園から帰ってきた息子はにこにこしながら言いました。



「ねぇお母さん。幼稚園っていつまで行くの?ぼく、そろそろいいんだけど( ´∀`)」






え・・・・?(((( ;゚д゚)))





どうやら息子は幼稚園を期間限定のイベントみたいな感じで考えていたらしく。
まぁ、毎日珍しい公園に遊びに行っているみたいな感覚かなぁ?


もうそろそろいいよと。別のところへ遊びに行こうよみたいな。


「えっと・・・。これからもずっと行くんだよ。ほら、だって楽しいでしょ?」


そう私が言ったときの息子はどんな表情をしていたのか。私は見ていませんでした。


そしてその翌日から・・・


「ぎゃーいやだよー!!幼稚園いやだよー!!お母さーん!わー!!ヽ(TдT)ノ」




先生に抱っこされてもエビぞりで嫌がる息子がいました。
他の子たちより一足遅れてやってきた登園拒否。


おかげで先生にもよく面倒を見ていただけました。(他のお子さんはもう落ち着いてきていたため)


現在息子、中2。


「別に」と「普通」の言葉をこよなく愛し。
授業参観には頼むからこないでくれと懇願されます。


反抗期といえば反抗期なのかもしれませんが、実際反抗はしてきません。
こちらに無関心なだけで(´・ω・`)



さて、下の娘のデビューは1歳11か月の時の保育園でした。
まだ何がなんだかわからないお年頃。

1日目は親も一緒に1時間ほど保育園で過ごしました。
教室にはおままごとセットやボールやお人形など、見たことのないおもちゃが沢山!!
警戒していた娘も、私の腕からするする〜と下りて、興奮しながら1時間遊んでいました。


翌日は2時間、いよいよ親と離れて過ごします。
娘はそんなこととはつゆ知らず。教室に入るとまた私の腕からするする〜と下りて、興奮状態でおままごとセットのフライ返しで何か作っています。


さぁ、今日は私はここまで。
いつの間にかいなくなるのは嫌だったので


「じゃあね。帰るよ。帰っちゃうよ?ね?じゃあね。ばいばい。」


私がいくら声をかけてもこちらを見向きもしませんでした。

だって、今まで公園やお友達の家などで


「帰っちゃうよ!」


と言っても、実際に私が本当に帰っちゃうことなんてありませんでしたから。
だから娘は知っているのです。


そんなこと言ったって、いるんでしょ?と。


でもその日は違います。

私は後ろ髪をひかれる思いでその場を去りました。


そして2時間後、お迎えに行くと、鼻水や涙でぐちゃぐちゃな顔で


「あーさーん(お母さん)!!!あーさーん!!!」




と駆け寄ってきました。


どうやら私がいなくなってしばらくすると


「あーさーん?あーさーん?」


と探し出し、いないことがわかるとしばらく泣いていたそう。

でもその後泣きながらまたおままごとセットで遊んでいたらしい(笑)

もちろん翌日から、保育園はお母さんと別れるところとわかってしまったので、毎朝私の足にしがみつき大泣きし、別れてからも柵付きのドアにしがみつきこちらを見て大泣きする娘を見て、そこまでして働くことが正しいのだろうかと何度も自問自答していました。


でも1か月もすれば保育園にもすっかり慣れて、家では習った歌遊びなどを披露してくれていましたっけ。
私もあきらめずに働き続けてよかったと思ったのでした。


そんな娘はこの春から小6。
おしゃれ大好きで、毎朝の服選びは必死です。
ヒップホップダンスを習っていて、将来はダンサーになりたいとのこと。



私を慕って泣いてくれていた子供たちもどんどん成長し、手元を離れていきつつあります。
そんな思いを胸に小さな園児たちを見ていると、なぜか涙が込み上げてくるのでした。


ご入園・ご入学おめでとうございます。




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2018年04月09日

ついに父の介護認定がおりて、地域包括センターの方がケアマネージャーさんを紹介してくれました!

ケアマネージャーさんはもし自分の知り合いなどでお願いしたい人がいたらそちらにお願いすることもできるそうですよ。
我が家は全くあてもなかったので、紹介してもらいました。


これからはケアマネさんを通じでサービスを利用したり、困ったことを相談したりします。
スタートが少しつまづいたので、ケアマネさんはいい人だといいなーと祈る気持ちでした。


実家に来客がくるのは久しぶりです。
当日は私も早めに行き、掃除のお手伝い!まぁ古い家なのでピッカピカにはなりませんが、どうにか人が来ても恥ずかしくない程度に片付きました。


そしてやってきたケアマネさん。
50代前後といったところでしょうか。とーっても元気で明るい女性の方!
スリッパ、座布団、お茶を用意していたんですが、全くそんな気遣いはいらないと豪快に笑いながらおっしゃっていました。


確かに介護をしている家族が来客用に色々準備するのは大変ですものね。これからは月に1回は来ていただくことになっているので、そのままの我が家を見てもらおうということになりました。
両親だけではなかなか普段掃除が行き届かないので、少しほっとしました。


日常生活の心配事やこれからのことなど、今まで身内だけでうじうじ悩んでどうにもならなかったことにもどんどん解決策を提案してくれます。


デイサービスも体験ができるようで、いくつか施設を紹介してくれました。
この辺りはデイサービスの施設が本当に多くあります。
ありすぎて選ぶのが大変なほど。

うちはお風呂を入れてもらいたかったので、その設備があるところを優先して選びました。

介護サービスを初めて使う私たちは、次から次へ提案される情報に若干アップアップ。
両親は完全にキャパオーバー(´Д`)



私が適当に資料を見ながら選定し、一応デイサービス体験で2か所行くことになりました。


そのほか介護用品を借りる手続きをしようと思ったら、介護用品はまた別の業者の方が来て話を聞いてくれるそう。担当が専門分野で分かれているんですね。


どういった車いすが希望か、日常生活で困っていること(部屋の中での移動)などをお話し、業者さんに話をしておいてくれるとのことでした。


そして後日やってきた介護用品担当の方も、とても親切な方でした。
驚いたのが、足がむくんで普通のくつがなかなか合わないことを相談すると、なんとそういったくつも販売しているとのこと。
しかもその方がくつを合わせる資格?を持っているとのことで、早速試し履き用にくつを持ってきてもらえることになりました。


ネットで買おうと思っていたんですが、くつはやっぱり実際試しに履いて決めたいと思っていました。でも父と出かけるとなるとかなり大がかりになるし、果たして普通のお店にむくんだ人用の靴が売っているかも心配でした。お店のはしごも大変。


家に持ってきてもらえるなんて本当にありがたい。


他にも腰が丸まっている父は車いすに乗ると少し前かがみになってしまって怖いという話をしたらすぐにベルトを持ってきてくれました。


介護用品の担当者にしてもケアマネさんにしても、とってもフットワークが軽い!
こちらが何に対して不安を感じているかすぐに察知して、すぐに解決すべく動いてくれる。提案してくれる。こちらを不安なまま待たせない。
とても心強いです。



正直役所の対応には疑問を感じましたが、現場の方たちは本当に頼りになり、この人たちの力を借りれば父の介護も乗り越えていけるのではないかと感じています。
(あ、役所の方がみんな不親切というわけではなく、我が家が当たった人がたまたまちょっと・・・だったということです)

もしもケアマネさんが自分たちに合わない場合は、地域包括センターに伝えて変えてもらうこともできるそうですよ。


介護で悩んでいる方は、絶対身内だけで悩まず、まずは区役所や地域包括センターに相談してみることをお勧めします。


次はデイサービスの体験に行ってきます。
父に合うところが見つかるといいな。












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jun_rina_tk at 11:00コメント(0)介護

2018年04月07日

前回の続きです。

最初に区役所に介護認定を申請したとき、認定が下りる前にデイサービスを利用できるから地域包括支援センターに手続きに行ってくれと言われ。

地域包括センターでは認定調査員が来て調査を受けたら利用できると言われ。
認定調査員が来たらこれですぐにデイサービス利用できますので、すぐに地域包括センターに連絡するように言われ。
で、地域包括センターに連絡すると



「認定が下りるまで、デイサービスは利用できません。認定が下りるのは1か月から1か月半かかるでしょう」


と言われ。


ぶちきれたというのが前回までのお話でしたね。

切れたといっても、実際は母が問い合わせをしていて、それを母から聞いた私がブチ切れたという話なので、直接職員さんに切れたわけではありません。

母は必死に福祉課の人にも認定調査員の人にも、なんなら今電話している地域包括センターの人にもすぐ使えると言われたことを伝えました。
でも、使えないの一点張り。先日使えると言ってくれた〇〇さんに替わってくれと伝えても今いないと。

話になりません。

なので、母には最初に申請した区役所の福祉課に連絡して、地域包括センターの人に取り合ったもらえないことを伝えて、役所から連絡してもらったらどうだと提案し、早速連絡しました。

するとなんということでしょう!

福祉課の人でさえ


「誰がそんなことを言ったんですか?」





なんて言うではありませんか!!!



えええぇぇぇぇぇぇーーーーー!!!






こっちは先方の言うことを信じて何度もあちこち出向いたり連絡したりして必死で頑張っているのに、こっちが素人だと思ってばかにすんなよ!年寄なめんなよ!というのが私の感想。
いやいや、そっちもプロなら、ちゃんと共通の知識を持ってくれよって感じで。


で、母も今までもいきさつを話しました。そしたら折り返しの連絡になりまして。
で、かえってきた答えが、


認定が下りる前にデイサービスを利用する制度は実際にあるが、重度の方とか、介護する人がいなくて困っている人のみで、通常は利用できない。受け入れてくれるところがない。






ということでした。


それさ


早く言ってよ〜。
(松重豊さん風に)

それならそれで納得するし、こんなに振り回されてあちこち連絡することもなかったのに。


もちろん父はもう数か月も家にこもりきりだし、そのせいで認知症のような症状もでてきているけど、ほかに重症の方もいるだろうし、家族がみんな仕事もちで介護する人がいなくて困っている人もいるでしょうから。その方たちが優先なのはわかります。


でも、どうしてそれを最初に説明してくれず、いかにも誰でもすぐに使えますということを言っていたのでしょう。


すると福祉課の人はかる〜い感じで


「担当の説明不足でしたね〜。すみません〜。」


と言ったそうです。

そして、心臓の持病を持つ母に一言


「まぁ奥様が倒れられたりしたら、すぐにでもデイサービス使えますけどね〜」



と・・・!!!!



はあああぁぁぁぁ〜!?



ちょっとこの一言は本当に許せない。私の怒りも頂点です。


「お母さん黙ってたの!?ちょっと、担当の人の名前教えて!私がクレームの電話を入れる!!」


興奮した私に母は言いました。


「お母さんだってさすがにこれは腹が立ったわよ。でもね、これから幾度となくお世話になるところだし・・・。これで悪い印象持たれて、よくしてもらえなかったら困るでしょ。我慢するしかないわよね・・・」


何も言えませんでした。
悔しいけど。本当に悔しいけど。
母の言うこともわかる。


これからもっともっと、父の介護は大変になることでしょう。困った私たちが頼れるのはもう行政だけです。
きっとこれからも納得できないようなことや理不尽なことも出てくるでしょう。
もしかしてある程度は慣れたり流したりすることも必要なのかもしれません。


でもでも、本当に本当にそれはないだろ!ということは、ちゃんと言いますよ。そのためにはこちらも介護保険や介護サービスについて知識を増やすことが必要ですね。


ある意味これから介護をしていく私たちへの洗礼でした。


結局、1か月弱くらいで要介護2という認定が下りました。
認定がおりると地域包括センターではすぐにケアマネージャーを紹介してくれ、1週間後にはそのケアマネさんが実家に来るというので、私もかけつけ色々と話しを聞きました。


また次の機会にお話ししますね。





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jun_rina_tk at 19:00コメント(0)介護

2018年04月05日

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実家に咲いていた椿です。素敵!!


父はもう70台代半ばです。
背骨の中の空洞が狭くなり、神経が圧迫され足腰が痛くなる『腰部脊柱管狭窄症』と言われ、かなり経つと思います。

70歳まで仕事をしていましたが、足腰が痛くなり引退しました。
それから、徐々に痛みがひどくなり、ここ数年は腰も丸まりすっかりおじいちゃんです。


そして一昨年のある日、立ち上がった時に腰をさらに痛め外出がままならなくなり、そこから一気に状態は悪化しました。

昨年は父の日に私がシルバーカーをプレゼントし、それを押しながらなんとか病院にも通っていました。



しかし年末になり、いよいよカートを使っても歩くことができなくなり、家の中でさえ家具などにつかまりながらつたい歩きをするまでになってしまいました。


トイレ以外はほとんど居間の定位置に座り動かない日々。
新聞を読むのも面倒になり、1日をウトウトして過ごします。

すると父の様子が少しおかしくなったのです。


トイレに行ってくると言っては、洗面所に行ってみたり。
私がプレゼントしたシルバーカーもあんなに喜んでいたのに、


「これ、どうしたんだっけ?なんでこんなのが家にあるんだっけ?」


と・・・。


認知症が始まってる!!!!




私はかなり焦りました。

でも一緒に暮らしている母に話しても、


「でもたまにトイレと洗面所間違えるくらいで、普段はちゃんと行っているのよ。」


と。


いやいやいやいや。
30年以上この家に暮らしてきて、トイレと洗面所を間違えるなんて見たことがなかった!
シルバーカーだって、昨年買ったばかりなのに・・・。


このまま家でぼーっと過ごしていたらあっという間に認知症も進んでしまうと思い、母にデイサービスの利用を提案しました。


最初は乗り気でなかった母も、1日中父と二人でいて、ほぼ歩けない父の代わりにすべての家のことをこなすのに、だいぶストレスもたまっているようで、前向きに検討するようになりました。


うちの両親は自分の親の介護の経験は全くないので、デイサービスをお願いするといってもまず何をすればいいか全くわかりません。

私がネットで調べると・・・まずは要介護認定をとらなければいけないということがわかりました。


早速役所へ母と申請に行ってきました。
福祉課に申請します。今の父の状態を詳しく聞かれ、誰が一緒に住んでいて、どのように介護しているのかを聞かれました。


そして申請を済ませ、今度は地域包括支援センターへ行くように言われました。
そこへ行って手続きをすれば、介護認定がおりる前に”だいたいこのくらいだろう”というみなし認定で、デイサービスを利用することができるというのです。


父の状況に焦りを感じていた私は、仕事を休み、母と地域包括センターに手続きをしに行きました。


すると、そこの担当者は


「認定調査員が来てからじゃないと介護サービスは受けられません。おそらく一週間くらいで調査員がうかがいますので、それからすぐにいらしていただければサービスを受けられます。」


と。

はぁーなんだよなんだよ。言ってることが違うじゃないよ。
若干イライラしましたが、仕方ありません。

1週間後に認定調査員が来るというのでそれを待ちました。
実際に実家に来て、父の様子を見たり話を聞いたりした資料を持ち帰り、何級程度がふさわしいか検討されるのです。
その間に、主治医にも事情を話し意見書を作成してもらい、役所に直接送ってもらいました。


よく調査員が来てくれた時に限ってとても張り切ってしまい、普段できないことができてしまったり、頭も妙にさえてしまったり・・・なんてこと聞きますよね。


母は何度も


「頑張りすぎなくていいのよ。いつも通りにしてよ。」


と念を押していました。


認定調査員の方は、とても朗らかな女性の方で、こちらの話を一生懸命聞いてくれました。
なので普段ストレスがたまっていた母は愚痴を言いまくり、関係ない話までし始めてしまって、軌道修正する私はぐったりでした。


アンケートのようなものがあり、それに沿って質問をしていくというのが基本でした。そのほか困っていることはないか、伝えておいてほしいことはないか聞いてくれました。


でも、今介護認定の申請をしている方が多いので、実際に認定がおりるのは1か月から1か月半後になるとのこと。
なのですぐに地域包括支援センターに連絡すれば、認定がおりる前にデイサービスを使えますよと言われました。


やっとデイサービスに通えるのかぁと思い、母が早速地域包括支援センターに連絡すると、



「認定がおりるまでサービスは使えません」


と。


はあぁぁぁ〜!?



使える使える詐欺かぁ!?


母から話を聞いたときちょっとブチ切れてしまいましたよ。



あら。思いのほか話が長くなってしまったので、続きは次回
いつも一回で終わらなくてごめんなさい。






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jun_rina_tk at 10:30コメント(0)介護

2018年04月03日

前回まで、卵巣嚢腫の入院・手術の自身の体験を書いてきました。
今回は気になる費用やあくまで個人のですが感想を書いてみたいと思います。


まずは気になる費用から。
5泊6日、3割負担、自費の食事代も含めて約19万円といったところです。
ですが『高額療養費制度』というものがあって、年齢や収入によって限度額が決まっており、超えた分は数か月後には戻ってきます。
ただ、一時的にでも支払うのが辛い・・・という我が家のような家庭は『限度額適用認定証』というものを発行してもらうといいですよ。
こちらを病院に提出すれば、限度額を超えた分は窓口で支払わなくても済みます。


私はオットの扶養を外れて、国民健康保険に入っているので、区役所に行ってその手続きをしてきました。その場ですぐに発行してくれましたよ。

社保に入っている方は、入ってる健保に直接連絡してみるといいと思います。手続きについて教えてくれます。


なので窓口で実際支払った金額は上記よりかなり少なく済みました。(金額を書いてしまうと私の年収がわかってしまうので・・・(*´Д`))


あと私は病院のパジャマ・タオルレンタルをしていたので、その金額2346円を支払いました。
入院代はカードで支払えたのですが、レンタル代は現金のみでした。


病院によってこのレンタルはあるところとないところがあると思うのですが、私はかなり助かったのでおススメです。
タオルとパジャマが使いたい放題なので、家からの荷物も減るし、常に清潔なものを利用できます。

おしぼりも利用できたので、術後まだ動けないときやお風呂に入れないときは顔や体をふくだけでも生き返りました。(動けないときは看護師さんが持ってきてくれてたり、拭いてくれたりしました)


寝汗をかいたときや、洗顔などで袖がビショビショになってしまったとき(傷跡が痛くてうまく前かがみになれなくて、袖が濡れてしまった・・・)に、すぐにパジャマを替えることができるのも助かりました。


以上が金額についてです。


そして手術についての私の感想です。

私はとても心配性なので、手術前はネットでみなさんの体験談などを読み漁り、あらゆる危険性を調べ、全てにおいて一番最悪な事態を想像していました。


そして結果として、全てにおいて、想像よりはるかに楽でした!!


でもこれはあくまで私個人の結果です。同じ日に同じ手術をした病室の方と私でさえ、経過は異なりましたから。


なので、こちらは参考までにということで読んでください。


まずは挿管。目が覚めてまだのどに管がささっていたら絶対苦しい!パニックになって暴れてしまうかもしれない。


確かに目が覚めてまだ口に管が入っていたけど、すぐに抜いてくれ苦しくもなんともなかった。




麻酔から覚めたあと、吐き気や頭痛や熱で辛いかもしれない。



吐き気があるような気がして一回だけ吐き気止めを点滴に入れてもらったけど、そこから一度も吐き気はせず、頭痛も全くしなかった。




傷口が痛くて眠れないかもしれない。

全く痛くないわけではないけど、鎮痛剤を飲むかどうか迷う程度の痛み。念のため飲むと痛みは全くと言っていいほどなくなる。(薬が切れるともちろん多少が痛いけど)



手術の前日夜から手術の翌日昼間まで断食。お水も24時間飲めない。辛い。

緊張からかお腹も空かなかったし、のども全然乾かなかった。




手術翌日に歩かされるなんて無理無理!絶対痛いよー。

スタスタ歩けた。


傷口が目立ったら嫌だなぁ。小さくてもケロイドみたいになるのかなぁ。


一か所だけ1.5センチくらいあったけど、あと2か所は5mm程度。ピーっと線が入っているだけで、今のところ盛り上がったり膿んだりもしていない。(術後3週間現在)




全身麻酔で死んでしまうかも・・・。


生きてた。




こんな感じでしょうか。
私は経過も順調なほうだったのだと思います。


ただ、だからといって


「思ったより楽だったからどんどんやっちゃいなよ〜」


というつもりは全くありません。

やはり全身麻酔には確率的には低いとは言え危険はつきものだし、手術だって合併症や術後の辛さなどもあるかもしれません。


先生とよく相談して、手術をするリスクより、しないリスクのほうが高いようなら、先生がしたほうがいいというようなら、手術に踏み切ったほうがいいと思います。



後悔のない選択をしてください。


これから手術をされるかた、手術の成功を祈っています!!大丈夫!!

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jun_rina_tk at 21:31コメント(0)病気

2018年04月01日

前回の続きです。

卵巣嚢腫の腹腔鏡手術から4日。順調に回復し、無事退院することになりました。

実は今回インフルエンザの時期ということもあって、お見舞いは手術の付き添いも含めてキーパーソンを一人決めて、その人のみ可能という厳しい決まりがありました。
なので母にも子供たちにも会うことができませんでした。


退院はオットが仕事で間に合わないかもしれないということで、母に来てもらいました。

手術後初めて母の顔を見て、


なんか安心して泣けてきてしまった・・・(´;ω;`)



もちろんオットも毎日来てくれ、ずいぶん頼りになったのですが、やっぱり母親というのは誰とも比べようもない安心感というのがありますね。

母には気づかれないようにこっそりと涙を拭きました。


薬は念のためともらった痛み止めと胃薬のみ。
仕事は次の外来までしないほうがいいと言われましたが、家事くらいだったらすぐできるとのこと。
確かに痛みは多少あるものの、無理のない程度なら家事は可能でしょうね。

でも急に頑張りすぎて体調悪くなっても大変だし(もうちょっとぐうたらしていたい)、家族には数日は無理せずゆっくりしたほうがいいって〜と伝えておきました(・∀・)つ


元気に入院し、元気に退院したので、子供たちは大したことないリアクションでした。
ただ、後から小学生の娘が

「早く1日が終わって、早くお母さんが帰ってくるように、毎日すごく早く寝てた」


と言っていたので、毎日不安だったんだろうなと思います。

私がいないときは家族全員で協力して頑張っていたようですが、やはり帰ってきてやる人がいるという安心感か、あまりやらなくなりましたねー。
結局退院の翌日からご飯も作って洗濯もして・・・。いつもと変わらない毎日が始まりましたよ〜。

でも病院の先生も安静にしているよりは動いたほうがいいと言っていたので、無理のない程度に動きました。


心配していた下からの出血は退院後2日くらいで止まりました。
傷跡もピーと一本線があって、それがかさぶたになっているだけで、見た目は本当に目立ちません。

仕事復帰まで、とりあえず普段なかなかできない細かいところの掃除や、春休みの娘と映画に行ったり、実家の両親を訪ねたり、充実した毎日を送りました。


退院から12日後、外来がありました。
心配していた腫瘍の病理検査の結果は、おかげさまで良性でした!
超音波検査で特に問題もなく、傷跡もきれいとのことで、仕事復帰のお許しもいただき、日常生活に何も制限がなくなりました!

心配で、自転車や運動や飲酒などいろいろ聞きましたが、全てオッケー!
今の左側下腹部の痛みも徐々によくなるでしょうとのこと。
そうそう、気になっていた腫瘍をとった後の下腹部の空洞はどうなるのかというのは、内臓特に腸が動いて空洞を埋めていくということでした。
人ってすごいなぁ。


もう大学病院へ来る必要もないので、3か月後くらいに以前かかっていた近所のクリニックへ行ってくださいとのことでした。


はぁーこれで本当に終わったんだな・・・と実感しました。


術後18日現在、多少まだ左側の下腹部に鈍痛があります。でも痛み止めを飲むほどでもなく、普通に生活をしています。仕事も無事復帰できました。


病院スタッフさんや家族の協力、そして技術の進歩により、無事手術を終えることができました。
とにかく感謝感謝です。


残念ながら再発もあるようなので、継続的にきちんと検査を受けていこうと思っています。



かかった金額などは次回にまとめたいと考えています。



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2018年03月30日

前回の続きです。

手術翌日の夜、私はどうしようもない腹痛に襲われました。
昼間からなんとなく胃の違和感を感じていたのですが、断食のあとの食事だからかなぁなんて思ってました。
それが夜寝ようと横になると、胃が圧迫されて、痛くて痛くて眠れないのです。
胃が張っていて、それが心臓まで押し上げてくるようなイメージ。

看護師さんを呼んで胃痛に効くお薬をもらい、30分後くらいに少し楽になり眠ることができました。

翌朝看護師さんに相談すると


「腹腔鏡手術の時って、実はお腹を炭酸ガスでパンパンに膨らませるの。その時のガスが少し残っているのかもしれない」


と。へぇーお腹をパンパンに。そのガスが残っている。
確かに胃が張っている。ご飯は普通に食べられる。


「少しずつ抜けていくから、痛み止めを飲んでできるだけ体を動かしてみてくださいね。肩からぬけることがあって、その時に少し肩が痛むかもしれないから、その時は肩を回したりしてみて。」


炭酸ガスが?肩から抜ける?肩から・・・。


人体の不思議です。


それからしばらくは胃の痛みに悩まされましたが、退院時(術後4日)にはほとんど気にならないくらいになりました。よかったー。


この日は先生の内診がありました。
まだ下からの出血が少しあるのですが、とくに子宮内に血がたまっていることもなく、順調だとのこと。そして翌日剥がす予定だった傷のテープを今日剥がしてしまうと!!


「え?え?もうですか?傷口開きませんか?」

と聞いたのですが、どうやら傷は抜糸のいらない縫い方でしっかりととめてあるので心配いらないとのこと。傷の状態がいい場合は早めにテープはとってしまったほうがいいとのことでした。


でもその後

「私明日いないんですが、明後日の退院の日はいるのでもし何かあったらまた聞いてくださいねー。」


と言われたので、おそらく明日いないから今日テープを剥がしちゃったんでしょうね。
まぁいいんですが。
さりげなく明後日退院とも言われ一安心。

この日は洗髪だけお許しが出たので、洗面所の洗髪コーナーで髪を洗いました。

はぁー気持ちがいい。
髪がゴワゴワで2回も洗いましたよ。


翌日はシャワーも浴びれるということだったので、前日からいい時間を予約しておきました。



そして術後3日目。
朝一番で尿検査です。
その後採血もありました。

本来ならここで診察と傷口のテープ剥がしがあったようです。

もうテープを剥がしていたので、おそるおそるシャワーを浴びましたが、先生のおっしゃるように傷口はしっかりしまっていたので大丈夫でした。
傷口を恐れて何もしないよりも、しっかり石鹸で洗ったほうがいいとのことだったので、やさしくしっかり洗いましたよ。


この日は本当に暇でした。
看護師さんや先生が皆さんの所を順番に回るので、次は私だろうときちんと熱を測り、髪を整えて布団も整えて待っているんですが、だいたい素通りされました( ̄∇ ̄)

そうそう、点滴ももう朝一くらいに外されていました。
もう全く自由の身です。

同じ日に手術をした奥様は、まだ点滴をしているようで、退院後も抗生剤の内服が必要だと説明を受けていました。
本当に色々ですね。


この日はずっと本を読んだりスマホゲームをしたりして過ごしました。
ご飯もとてもおいしく毎回完食。


どうせ退院したらすぐに家のこと色々やる羽目になるんだろうなーと思い、ゆっくり休みました。

でもお部屋では数人が入れ替わり、私と変わらないくらいの年齢の方が抗がん剤治療でいらっしゃったり、一人で手術の日を迎える方がいたり、色々考えさせられました。


さぁそしていよいよ退院です!

続きは次回。



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2018年03月28日

前回の続きです。

術後の夜は、とても長かったのを覚えています。

看護師さんが2〜3時間おきに様子を見に来てくれて、血圧や熱を測ったり、点滴を替えたりしてくれます。その度に目が覚めるので、あーまだ〇時かぁまだ〇時かぁと夜が明けるのを待っていました。
でも夜通しお世話をしてくれ、本当にありがたいです。


幸い痛みはあまりありませんでした。
看護師さんがよく痛みの具合を


「10段階でいくつくらいですか?」


と聞いてきていたのでいつも


「2くらいです」


と答えていました。
でも、朝方に少し痛みが増してきました。
それでも生理痛でいうこところの、鎮痛剤を飲むか飲まないか悩むラインです。
生理痛ならこの先の痛みの予想がつくので、多分我慢したと思うのですが、今回のような手術の痛みは予想がつかないので、もし痛みがひどくなったら怖いな・・・と思いあまりひどくならないうちにナースコールを押して痛み止めをお願いしました。


まだ飲食禁止の時間帯だったので、坐薬です。
若くてかわいい子が、一生懸命坐薬を入れてくれましたよ。


「あれ?あれ?」


となかなか入らなくて、なんか恥ずかしいやら申し訳ないやら・・・。


でもその坐薬が効いてくると、痛みはほぼ『0』になり、朝方から3時間くらいはぐっすり眠れたと思います。


朝になり、周りが騒がしくなってきました。

みんなの所には朝食が運ばれてきています。
でも不思議とお腹もあまり空いていなく、喉も乾いていませんでした。
地味に断食がきついかなーと思っていたので、あまり辛くなく安心しました。


私と同じ日に手術をした隣の隣のベッドの奥様が、歩行練習を始めました。
よし、次は私だ。

ずーとベッドに横になっていると、正直術後の傷口の痛みより腰や背中の痛みが強くなってきました。あと、足に巻いてあるマッサージ機みたいなやつが暑くて蒸れる。


奥様の歩行練習は順調に行き、次は私のところへ看護師さんがきてくれました。
そして点滴を除いた体の管やらなんやらが外されていきます。



「汗をかいていると思うので、着替えましょうか。お手伝いしますよ。」


と温かいおしぼりをいくつか持ってきてくれました。
まずは顔を拭きます。

気持ちいい・・・・



おしぼりで顔を拭くだけなのに、生き返ったようです。


そしてその後私の手の届かない背中などを、看護師さんが温かいおしぼりで拭いてくれました。


はぁ〜ありがたい・・・(´;ω;`)


本当に涙が出るくらいありがたいです。
とてもすっきりしました。

下着を替えるのも温かく見守ってくれて、準備ができたらいよいよ歩行練習です。

トイレまで往復歩けたら、尿道カテーテルを外してもらえます。

恐る恐る歩き始めましたが、正直傷口は少し響く程度で、あまり痛みはありませんでした。
トイレまで、楽勝です!

それを確認すると、看護師さんがいよいよ尿道カテーテルを外してくれます。


これについてもあちこちのブログで痛いとか気持ち悪いとか見ていたので、緊張していました。
看護師さんに

「せーので息をふーぅと吐いてくださいね」

と言われ、その通りにしたら

すぽっと抜けて、痛みも気持ち悪さもなにもありませんでした。


点滴がついているものの、かなりすっきり!
手術から24時間たってないなんて嘘みたいです!


それからはどんどん歩く練習をするように言われました。
痛かったら痛み止めを飲んででも動いたほうがいいとのこと。動くことが一番の回復への近道と。

なので私は結構ちょくちょくふらふらほっつき歩いていました。
もちろんゆっくりではありますが、産科と同じフロアーだったので、たまに新生児ちゃんが運ばれてくることがあって、そんな時はちょっと早歩きで追いつき、勝手にのぞいて癒されていました。


その後お昼は三分粥と茶碗蒸しの具なしみたいのやお汁が出てきて、夜は全粥でした。
お粥は量が多くて残しましたが、食欲はちゃんとありました。


午後になり、オットがお見舞いにきたのですが、昨日の今日なのに私がすっきりとした顔をしていてしかも歩き回っているのでかなり驚いていました。


術後に先生からオットへお話があったようで、それによると結局取れた腫瘍はなんと10センチもあったとのことでした。
あまりにも大きいので半分に切って取り出したとのこと。


そうそう、傷口なんですが、おへそ一か所と左右と真ん中で合計4つ、テープで止めてありました。
どの傷も1センチあるかないなんですが、左側だけ1.5センチくらいありました。ここから腫瘍をだしたのだろうか。
オットは腫瘍を見せてもらったそうです。
ぱっと見グレープフルーツくらいあったと。どこにそんな大きいものが入っていたんだろう。
しかも取った後、別に下っ腹がへっこんだ様子もないし。ほんと不思議。
オットには写真をとっておいてほしいとお願いしたんですが、なんかそんな空気じゃなかったと撮れなかったらしいです。


はぁ、見たかったな。


そんなこんなで順調順調と思っていたのですが、夜になり我慢ができないくらいの腹痛に襲われるのでした。


長くなったので続きは次回。



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2018年03月26日

前回の続きです。

いよいよ歩いて手術室へ向かいました。
オットは手術室の前までです。私はなるべく明るく


「じゃああとでね♪」


と手を振って別れました。
オットは静かに微笑んでしました。

実はこの2か月前に、母が心臓の手術をし、私は今のオットのように手術室の前でお見送りしました。
だからオットの気持ちはよくわかります。
本人ももちろん怖いけど、待ってる家族もとても怖い。後姿を見送るときのなんとも言えない気持ち。

私はオットにこんな気持ちを味わわせてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。


さて、そこはすぐ手術室かと思いきや、左右にいくつか手術室があり、私は椅子に座って待ちました。そして手術をする看護師さんにバトンタッチして、名前と生年月日を伝えます。


そして手術室の扉が開きました。

ザ!手術室!!

ドラマを見ているようで、これから自分があの真ん中にあるベッドに寝かされるなんで実感がありませんでした。
でも私は実はクリニックで医療事務として働いていて、小さい手術室もあるのでそんなに恐怖は感じなかったんですが、オットに話すと


「俺なら膝がガクガクしちゃったかも・・・・」


と恐れていました(*´ェ`*)


ベッドの頭に若い女性の先生がいて


「こんにちは。麻酔科の〇〇です。よろしくお願いします。」


と挨拶をされました。

ふと辺りを見回すと、執刀医の先生がモニターで私の子宮の様子を真剣に見ていて、その方も若い女性の方。
お二人とも30代半ばくらいでしょうか。


こうやって女性が活躍されるのは本当に素晴らしいことだな〜となんだかうれしくなりました。


今思うとこんなことを考えらるなんて余裕があったのか、もしくは緊張を通り越してなんか変なテンションになっていたのかな。


そしてベッドに横になり、もう一度名前と生年月日、手術部位を言わされました。

「左の卵巣です」

としっかり答えました。
なんかテレビで左右を間違えたとかいうニュースを見たことがあったから。


すると術衣を脱がされて、準備が始まりました。
そこで、先日話をした麻酔科の先生とは違う先生だったことを思い出し、その女性の麻酔科の先生に目が覚めた時に管が口のなかにあったらパニックになりそうな旨伝えました。

すると優しく


「手術が終了したらこちらでお声掛けをするので、その通りにしてもらえればすぐに抜きますよ。大丈夫です」


と言ってくださり、少し落ち着きました。

上半身は裸になりタオルをかけられ、パンツはいつぬぐのかなーと考えていたら


「では、麻酔を入れていきますねー」

と言われました。

点滴の管から入れます。

「麻酔が入るとき少ししびれる感じがして痛いかもしれません」

と言われて、腕を一生懸命さすってくれてました。
全然痛くありません。


「はい、眠くなりますよー」

私の顔を、麻酔科の先生が上からのぞき込んでいます。
もし目をつぶってしまって、まだ寝ていないのに眠ったと思われて手術が始まったら怖いと思い、限界まで目を開けていようと思っていました。
でも3秒くらいで、先生の顔と天井が、ぐにゃ〜と歪んでいき、意識を失いました。




*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜



「〇〇さーん!〇〇さーん!終わりましたよー!!」


遠くで私を呼ぶ声がします。
うっすら目をあけると、わかりますかー?と聞かれ、コクっとうなずきました。
その時誰かが何かの合図を出して

『すぽっ!』

と私の口から何かが抜かれました。


そして遠くで誰かが

「〇〇大丈夫です。今少し咳込んでいます。」

と言っています。


ごほごほっ・・ごほごほっ・・・


あーこの咳込みは私なんだ。なんか隣の誰かが咳込んでいるようで不思議な感じです。
管を抜いた時も、咳込んでいるときも何も苦しくありませんでした。


1、2、3の掛け声で何人かが下のシーツごと私を隣のベッドに移していました。
あーこれよくテレビで見るやつだーなんて思っていると、酸素マスクをつけられ、なんか色々身支度をされてました。


「旦那さんには声かけてある?」「はい今きまーす」


など遠くの声が聞こえてきます。

ベッドが動き出し、どうやらお部屋に戻るようです。
エレベーターに乗り、狭い廊下を右に曲がり左に曲がりまた右に曲がり・・・と、やっと到着するころには乗り物酔いのような感覚がありました。


「気持ち悪いとかありませんか?」


と聞かれ、ありませ・・・と答えようとするも、のどからうまく声が出ません。
先ほどまで入っていた管の影響でしょう。

今にも吐きそうとかはなかったのですが、なんだか軽い乗り物酔いのうような感じはあったので、吐き気止めの薬を点滴に入れてもらいました。


いつのまにか尿道カテーテルがついていて、心電図も繋がれていました。あとひざ下は弾圧ストッキングを履いているんですが、その上からマッサージ機のようなものがつけられていて、自動でウィーンウィーンと動いています。
なんか体のあちこちから管が出ている感じ。


特に痛みもなく、なんだか頭がボーッとしている感じ。
近くにオットがいるけど、思うようにしゃべれなくてしばらくうとうと・・・。
そして目が覚めるとまだオットがいました。


どのくらいかかったかオットに聞くと、3時間半くらいだったとのこと。
ずいぶんかかったなぁ。
実際の手術は1時間半くらいと聞いていたので、麻酔の準備や術後の色々で時間がかかっているのでしょう。全身麻酔は大変ですね。


もう時刻は17時過ぎ。
子供たちも家で待っているので、オットには帰ってもらいました。
オットはこの後子供たちのために夕飯を作ったそうです。ご苦労様です。


術後は翌日のお昼まで食事はできないので、あとはただひたすら寝ているだけです。


長くなったので、続きは次回



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プロフィール
じゅん
神奈川県横浜市在住
2004年生まれの息子
2006年生まれの娘
オットの4人家族。
パート勤めをしながらなんとか育児しています。
みなさんに楽しんでもらえる役に立つ記事を提供していきたいです。
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