病気
2019年01月25日
11月中旬頃、右肩に違和感がありました。なんか重い感じ。
肩凝りのひどいやつみたいな。
オットや子供たちにマッサージをお願いし、いつもならマッサージ後に少し軽くなるのに、今回は全く変わらない。
ん?なんだこれは。
そのうち痛みが出てきました。特に腕を後ろに回したとき。例えばブラのホックをとめる時や、コートを脱ぐとき。ドアを後ろ手で閉めるとき。(ドアを開けて、前を向いたまま後ろのドアを閉めるとき…と言えばわかるかな?)
も、もしや四十肩…Σ(゜Д゜)
いやいや。四十肩は腕が上がらないと言いますが、私は上がりました。だから違うに違いない…。
肩凝りがひどいんだ。時間が経てばよくなるだろう…。
そう思い、1ヶ月ほど市販の湿布を貼ったり家族にマッサージしてもらいながら過ごしました。
…全くよくなりません。
ネットを読み漁り、やっぱり四十肩かもしれない…と思い始めたのですが、あまりの痛さにもしかしたら骨に異常があるかも!?大変な病気かも!?と相変わらず心配性の私は不安になり、とりあえず整形外科に行くことにしました。
整形外科はどこも混んでいて1〜2時間待ちは当たり前。毎回それも面倒なので、もし骨に異常がなかったら、近くの整骨院で電気やマッサージをしてもらえばいいやと思ってました。
そしてレントゲンを撮ったところ…骨には異常はなし!!
何らかの原因で肩の周りが炎症を起こして痛みや動きの制限がでてきてしまってるとのこと。
心当たりは全くないのですが…。
ただスマホやパソコンを決していいとはいえない姿勢で長時間さわっている現状。(パソコンは仕事よ!)
体はガチガチです。
それに加えて老化が原因といったところでしょうか…。
でも肩に炎症…。四十肩ではないのかな…?
「これっていわゆる四十肩ではな…」
「四十肩ですよ〜(^o^)」
先生からの食い気味の返事(^^;
四十肩、五十肩は正式な病名ではなく『肩関節周囲炎』という立派な病名があるようです。
そして完治まで時間もかかり、半年から人によっては数年かかる場合もあるとか…!!
とりあえず週1回でリハビリをすることになりました。症状を診てくれた先生とは別のリハビリの先生にお願いするようでした。
週1なんて面倒…やっぱり近くの整骨院で適当な時に通ってあとは自宅でストレッチしよう…と考えてました。
そしてリハビリの順番が来て名前を呼ばれ先生とご挨拶…
え…か、かっこいい( 〃▽〃)
年の頃は30歳前後でしょうか。
すっごくイケメンなんです。きれいな顔というか…。
小泉孝太郎さんをもう少し若くして髪と目を少し茶色くした感じです。
そして優しい!!
にこにこ笑顔を絶やさず、世間話もしてくれます。
ということで、週1でリハビリお世話になることにしました(* ̄ー ̄)キリッ
2回分先まで予約とれるというので、ちゃんと取ってきましたよ。
今は週1の楽しみになっております
私は今急性期を過ぎて、慢性期に入っているらしいです。
最初に痛めたときよりは楽になりました。でも痛いですよ。
利き腕なのでね、自分が四十肩であることを忘れて高いところのものを取ろうとひょいっと手を伸ばすと…
ぐぅあああぁぁ…Σ(´□`;)
絶叫するほど痛いです。
電車で不意に揺れたときにとっさに右手でつり革を掴んでしまっても
っっつあああああ!!
となります。
着替えも大変だし、食事の支度も大変。野菜を切ったりフライパンを持ったりも辛い…。
急性期は個人差はありますが2ヶ月くらいらしく、その間は無理して動かしてはいけないみたいです。
急性期を過ぎ落ち着いてきたら、ちゃんとしたストレッチなどをして肩を動かさないと、関節が固まってしまうらしいですよ。
上記のことはあくまで私の場合です。個人差も大きいようなので同じような痛みがあったらまずは病院へ行きましょう!
イケメン先生との出会いがあるかもしれませんよ…フフフ。
では、今後の彼との進展…じゃなかった四十肩の様子についてはまたお知らせしますね〜。
同じ四十肩で悩んでる方々、一緒に頑張りましょう!!
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肩凝りのひどいやつみたいな。
オットや子供たちにマッサージをお願いし、いつもならマッサージ後に少し軽くなるのに、今回は全く変わらない。
ん?なんだこれは。
そのうち痛みが出てきました。特に腕を後ろに回したとき。例えばブラのホックをとめる時や、コートを脱ぐとき。ドアを後ろ手で閉めるとき。(ドアを開けて、前を向いたまま後ろのドアを閉めるとき…と言えばわかるかな?)
も、もしや四十肩…Σ(゜Д゜)
いやいや。四十肩は腕が上がらないと言いますが、私は上がりました。だから違うに違いない…。
肩凝りがひどいんだ。時間が経てばよくなるだろう…。
そう思い、1ヶ月ほど市販の湿布を貼ったり家族にマッサージしてもらいながら過ごしました。
…全くよくなりません。
ネットを読み漁り、やっぱり四十肩かもしれない…と思い始めたのですが、あまりの痛さにもしかしたら骨に異常があるかも!?大変な病気かも!?と相変わらず心配性の私は不安になり、とりあえず整形外科に行くことにしました。
整形外科はどこも混んでいて1〜2時間待ちは当たり前。毎回それも面倒なので、もし骨に異常がなかったら、近くの整骨院で電気やマッサージをしてもらえばいいやと思ってました。
そしてレントゲンを撮ったところ…骨には異常はなし!!
何らかの原因で肩の周りが炎症を起こして痛みや動きの制限がでてきてしまってるとのこと。
心当たりは全くないのですが…。
ただスマホやパソコンを決していいとはいえない姿勢で長時間さわっている現状。(パソコンは仕事よ!)
体はガチガチです。
それに加えて老化が原因といったところでしょうか…。
でも肩に炎症…。四十肩ではないのかな…?
「これっていわゆる四十肩ではな…」
「四十肩ですよ〜(^o^)」
先生からの食い気味の返事(^^;
四十肩、五十肩は正式な病名ではなく『肩関節周囲炎』という立派な病名があるようです。
そして完治まで時間もかかり、半年から人によっては数年かかる場合もあるとか…!!
とりあえず週1回でリハビリをすることになりました。症状を診てくれた先生とは別のリハビリの先生にお願いするようでした。
週1なんて面倒…やっぱり近くの整骨院で適当な時に通ってあとは自宅でストレッチしよう…と考えてました。
そしてリハビリの順番が来て名前を呼ばれ先生とご挨拶…
え…か、かっこいい( 〃▽〃)
年の頃は30歳前後でしょうか。
すっごくイケメンなんです。きれいな顔というか…。
小泉孝太郎さんをもう少し若くして髪と目を少し茶色くした感じです。
そして優しい!!
にこにこ笑顔を絶やさず、世間話もしてくれます。
ということで、週1でリハビリお世話になることにしました(* ̄ー ̄)キリッ
2回分先まで予約とれるというので、ちゃんと取ってきましたよ。
今は週1の楽しみになっております

私は今急性期を過ぎて、慢性期に入っているらしいです。
最初に痛めたときよりは楽になりました。でも痛いですよ。
利き腕なのでね、自分が四十肩であることを忘れて高いところのものを取ろうとひょいっと手を伸ばすと…
ぐぅあああぁぁ…Σ(´□`;)
絶叫するほど痛いです。
電車で不意に揺れたときにとっさに右手でつり革を掴んでしまっても
っっつあああああ!!
となります。
着替えも大変だし、食事の支度も大変。野菜を切ったりフライパンを持ったりも辛い…。
急性期は個人差はありますが2ヶ月くらいらしく、その間は無理して動かしてはいけないみたいです。
急性期を過ぎ落ち着いてきたら、ちゃんとしたストレッチなどをして肩を動かさないと、関節が固まってしまうらしいですよ。
上記のことはあくまで私の場合です。個人差も大きいようなので同じような痛みがあったらまずは病院へ行きましょう!
イケメン先生との出会いがあるかもしれませんよ…フフフ。
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2018年04月28日
自分に合う病院を選ぶのって難しいですよね。
私は医療事務の仕事をしているので、大抵のことは職場の先生に相談したり治療してもらったりしているのでかなり助かっています。
私の勤めている病院で言うと、小さなクリニックですが数科やっていて先生も2人います。
1人の先生は、患者さんの状態をこちらからも詳しく聞き出すし、患者さんからの話にも熱心に耳を傾けます。
なので1人1人の診察時間がちょっと長くなりますが、話をよく聞いてほしい人にとってはとてもいい先生のようです。
ただ、その病気の背景を知るために、ちょっと踏み込んだことも根掘り葉掘り聞きだすところもあります。
なのでそういうのが苦手は人や、話なんか短くていいから早く適した薬をもらって帰りたいっていう人にはちょっと不評です。
もう1人の先生は、最低限のことだけを患者さんから聞き出し、さっさと治療法を提案し、治療日を決めていきます。
なので早く結果を求めてる人にとってはいい先生らしく、
「おかげですぐによくなりました〜」
と受付にお礼を言っていかれる方もよくいます。
ただ、そのスピーディーな診察についていけない人もいて、
「なんだかわけがわからないうちに進んじゃって・・・」
なんて言ってくる人もいます。
いろんなタイプの患者さんに合わせた診察ができればそれが一番ですが、なかなか難しいところもあります。
もし病院と長く付き合っていかなければいけない病気の場合は、自分に合うとことを根気強く探していくしかないですよね・・・。
今私が直面しているのは、父の病院選びです。
父の腰は骨の変形や筋肉が固まってしまったことが原因でほぼ90度近く曲がってしまっています。
そのため先日MRIにも挑戦しましたが、撮ることができませんでした。
すると病院の先生はもうお手上げで
「原因を知るすべがないので、これ以上はどうしようもない」
とか
「年齢によるものなので仕方ない」
と言われるようになりました。
病院を変えたりしてきましたが、父は車でももう長距離の移動が難しくなっているので、あまり遠くまで足をのばすことができません。
実家の近くは病院が多くあるとはいえ、病院探しをしている間は適切な治療も受けられないわけですから、次の所をなんとかかかりつけ医にしたい・・・と介護でお世話になっているケアマネージャーさんに評判の良いところを聞いて、先日行ってきました。
デイサービスなどを中心に地域のお年寄りもよく診ているということで、私たちも期待していました。
そして1回目の診察で、お話通りとても親切で、父のいろんな病状も年のせいだという言葉で片付けず、多方面の可能性を考えてくれました。
血液検査をし、その日は帰宅。
そして先日その結果を聞きに、私も一緒に行ってきました。
だいたいがクリアだったのですが、1つ再検査が必要な項目が出てしまいました。
ここではできない精密検査とのことだったので、以前通っていた大学病院への紹介状をお願いしました。
すると先生は渋りながら言ったのです。
「うーん。まぁ急がなくてもいいんだけどね。これでさ、もしガンですって言われても、もう手術できるような状態じゃないでしょ?(腰が90度に曲がっているため)
そしたら、知らなくてもいいってこともあるしね。」
父も母もいる前で言われました。
父は黙ってうつむいて聞いていました。母は言われていることの意味がよくわからいようで、振り返り私を見ていました。
どんな結果でも、家族としては早く見つけて、早く治療に入りたい。
後悔だけはしたくないから。
もしガンだとしても、手術以外にだって方法はあるかもしれない。
言いたかったけど言えませんでした。
だって、もうここ以外に行ける病院の候補がなかったから。
ここに見放されたらもう終わりだから。
とりあえず大学病院への紹介状を書いてもらい、検査に行くことにしました。
(他の症状に関しては引き続きここの病院でお世話になるつもりです)
帰宅後、ネットでこの血液検査の数値が高いことが何を意味するのか必死で調べたところ、数値が高い=ガンということは全くなく、念のための精密検査が必要というだけでした。
それをすぐに両親にも報告しました。
どうしてあの先生はあんなこと言ったんだろう・・・。
まだ2回しか診察を受けてないのでなんとも言えませんが、ちょっと不信感を持ちました。
まずは連休明けに、大学病院へ父を連れて行きます。
ちなみに私が手術を受けたところです。
1月の母の手術、3月の私の手術に続き、しばらく大学病院にはお世話になりそうです。
大学病院ではよい先生と出会えますように。
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私は医療事務の仕事をしているので、大抵のことは職場の先生に相談したり治療してもらったりしているのでかなり助かっています。
私の勤めている病院で言うと、小さなクリニックですが数科やっていて先生も2人います。
1人の先生は、患者さんの状態をこちらからも詳しく聞き出すし、患者さんからの話にも熱心に耳を傾けます。
なので1人1人の診察時間がちょっと長くなりますが、話をよく聞いてほしい人にとってはとてもいい先生のようです。
ただ、その病気の背景を知るために、ちょっと踏み込んだことも根掘り葉掘り聞きだすところもあります。
なのでそういうのが苦手は人や、話なんか短くていいから早く適した薬をもらって帰りたいっていう人にはちょっと不評です。
もう1人の先生は、最低限のことだけを患者さんから聞き出し、さっさと治療法を提案し、治療日を決めていきます。
なので早く結果を求めてる人にとってはいい先生らしく、
「おかげですぐによくなりました〜」
と受付にお礼を言っていかれる方もよくいます。
ただ、そのスピーディーな診察についていけない人もいて、
「なんだかわけがわからないうちに進んじゃって・・・」
なんて言ってくる人もいます。
いろんなタイプの患者さんに合わせた診察ができればそれが一番ですが、なかなか難しいところもあります。
もし病院と長く付き合っていかなければいけない病気の場合は、自分に合うとことを根気強く探していくしかないですよね・・・。
今私が直面しているのは、父の病院選びです。
父の腰は骨の変形や筋肉が固まってしまったことが原因でほぼ90度近く曲がってしまっています。
そのため先日MRIにも挑戦しましたが、撮ることができませんでした。
すると病院の先生はもうお手上げで
「原因を知るすべがないので、これ以上はどうしようもない」
とか
「年齢によるものなので仕方ない」
と言われるようになりました。
病院を変えたりしてきましたが、父は車でももう長距離の移動が難しくなっているので、あまり遠くまで足をのばすことができません。
実家の近くは病院が多くあるとはいえ、病院探しをしている間は適切な治療も受けられないわけですから、次の所をなんとかかかりつけ医にしたい・・・と介護でお世話になっているケアマネージャーさんに評判の良いところを聞いて、先日行ってきました。
デイサービスなどを中心に地域のお年寄りもよく診ているということで、私たちも期待していました。
そして1回目の診察で、お話通りとても親切で、父のいろんな病状も年のせいだという言葉で片付けず、多方面の可能性を考えてくれました。
血液検査をし、その日は帰宅。
そして先日その結果を聞きに、私も一緒に行ってきました。
だいたいがクリアだったのですが、1つ再検査が必要な項目が出てしまいました。
ここではできない精密検査とのことだったので、以前通っていた大学病院への紹介状をお願いしました。
すると先生は渋りながら言ったのです。
「うーん。まぁ急がなくてもいいんだけどね。これでさ、もしガンですって言われても、もう手術できるような状態じゃないでしょ?(腰が90度に曲がっているため)
そしたら、知らなくてもいいってこともあるしね。」
父も母もいる前で言われました。
父は黙ってうつむいて聞いていました。母は言われていることの意味がよくわからいようで、振り返り私を見ていました。
どんな結果でも、家族としては早く見つけて、早く治療に入りたい。
後悔だけはしたくないから。
もしガンだとしても、手術以外にだって方法はあるかもしれない。
言いたかったけど言えませんでした。
だって、もうここ以外に行ける病院の候補がなかったから。
ここに見放されたらもう終わりだから。
とりあえず大学病院への紹介状を書いてもらい、検査に行くことにしました。
(他の症状に関しては引き続きここの病院でお世話になるつもりです)
帰宅後、ネットでこの血液検査の数値が高いことが何を意味するのか必死で調べたところ、数値が高い=ガンということは全くなく、念のための精密検査が必要というだけでした。
それをすぐに両親にも報告しました。
どうしてあの先生はあんなこと言ったんだろう・・・。
まだ2回しか診察を受けてないのでなんとも言えませんが、ちょっと不信感を持ちました。
まずは連休明けに、大学病院へ父を連れて行きます。
ちなみに私が手術を受けたところです。
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大学病院ではよい先生と出会えますように。
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2018年04月13日
12月のある日、息子が下唇の裏にできものができたと言ってきました。
見ると3mmほどのプクッと膨らんだできものがありました。
「あー多分口内炎だよ。痛いでしょ?」
「痛くないんだよ。全然。」
「まぁとりあえず口内炎ならいつの間にか治ってるから。いつまでも治らないならまた教えて。」
そんな軽い感じの会話だったように思います。
そして1月。
「ねぇお母さん。口内炎なかなかよくならないんだよね。」
「えー!?長いねぇ。薬でもぬる?」
私はドラッグストアで口内炎用の薬を買い、指示通りに塗り続けました。
さすがの私もそれからはちょっと気になり数日おきに患部を見せてもらっていました。
すると、プクッと膨らんだできものは、ある日しぼんで、またプクッと膨らんできます。
これは、口内炎じゃないかも・・・?
2月になり、近くの歯医者さんに言ってきました。
結果、下唇の裏にできたできものは口内炎ではなく、粘液嚢胞というものでした!!
唇の裏には、唾液を出す腺が沢山あるようで。それが矯正器具でいつも同じ場所が当たったり、唇を噛んだりしてしまったりといった物理的な刺激で唾液腺がつぶれてしまい、行き場のなくなった唾液によりプクッと膨らんでしまい、それが限界を迎えると破れて唾液が出て、また膨らんで・・・と繰り返すそうです。(かかりつけの歯医者さんより)
そんな病気があること、40年以上生きてきて初めて知りましたよ。
どれくらい経つと治るのかなーなんて思っていると
「これは手術をしたほうがいいかもしれませんねぇ」
と先生。
え?手術?そんな大ごとなの???Σ(゚д゚;)
どうやらできものを取っただけではまた再発するので、原因となっているつぶれた唾液腺も一緒に取り除くそう。
うちが通う歯医者さんではできないので、大学病院を紹介すると言われました。
実は私はこの時自身の卵巣嚢胞(のうほう)の手術を控えていました。(なんか似たような名前だわ・・・)
もう通院やら検査やらで予定がいっぱいで、申し訳ないけど息子の通院や手術にさく時間ありませんでした。
先生に相談すると、息子の粘液嚢胞は特に急を要するものではないので、私の手術が終わるまで様子を見ようということになりました。
そして私の手術が終わり、自宅療養が終わったタイミングで息子の状態を見せに近所の歯医者にまた行きました。
状態はまだ変わらず・・・。
春休みに手術をしてしまうか、もう少し様子を見るか聞かれました。
でも、この時点で春休みは始まっていて、ここから大学病院の予約をとって、診察して、後日手術の予約をして・・・となると、多分新学期が始まってしまうでしょう。
慌てて手術はしたくないし、息子はとにかく異常なほどの怖がりなので、もう少し様子を見ることにしました。
そして4月。
なんとなんと、できものが小さくなっているではありませんか!!
3mmほどあったできものは、3月の時点では5mmほどになっていました。
このまま大きくなっていくのかなぁなんて不安に思っていたのですが、先日ふと見ると1〜2mmくらいの小さな小さな点しかないのです!
ネットなどで調べると、自然に治ることも稀にあるとのことでした。
まだ完全には消えていませんが、もしかしたら治るかもしれない!!!
次の診察は5月なので、それまでに治ってくれるように、歯磨きでこすらないように、ご飯食べるときに間違えて噛んでしまわないように気を付けて過ごしています。
どうかこのまま治りますように・・・。
あまり美しくありませんが、参考になれば・・・。
一番ひどかった時
現在です。
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「あー多分口内炎だよ。痛いでしょ?」
「痛くないんだよ。全然。」
「まぁとりあえず口内炎ならいつの間にか治ってるから。いつまでも治らないならまた教えて。」
そんな軽い感じの会話だったように思います。
そして1月。
「ねぇお母さん。口内炎なかなかよくならないんだよね。」
「えー!?長いねぇ。薬でもぬる?」
私はドラッグストアで口内炎用の薬を買い、指示通りに塗り続けました。
さすがの私もそれからはちょっと気になり数日おきに患部を見せてもらっていました。
すると、プクッと膨らんだできものは、ある日しぼんで、またプクッと膨らんできます。
これは、口内炎じゃないかも・・・?
2月になり、近くの歯医者さんに言ってきました。
結果、下唇の裏にできたできものは口内炎ではなく、粘液嚢胞というものでした!!
唇の裏には、唾液を出す腺が沢山あるようで。それが矯正器具でいつも同じ場所が当たったり、唇を噛んだりしてしまったりといった物理的な刺激で唾液腺がつぶれてしまい、行き場のなくなった唾液によりプクッと膨らんでしまい、それが限界を迎えると破れて唾液が出て、また膨らんで・・・と繰り返すそうです。(かかりつけの歯医者さんより)
そんな病気があること、40年以上生きてきて初めて知りましたよ。
どれくらい経つと治るのかなーなんて思っていると
「これは手術をしたほうがいいかもしれませんねぇ」
と先生。
え?手術?そんな大ごとなの???Σ(゚д゚;)
どうやらできものを取っただけではまた再発するので、原因となっているつぶれた唾液腺も一緒に取り除くそう。
うちが通う歯医者さんではできないので、大学病院を紹介すると言われました。
実は私はこの時自身の卵巣嚢胞(のうほう)の手術を控えていました。(なんか似たような名前だわ・・・)
もう通院やら検査やらで予定がいっぱいで、申し訳ないけど息子の通院や手術にさく時間ありませんでした。
先生に相談すると、息子の粘液嚢胞は特に急を要するものではないので、私の手術が終わるまで様子を見ようということになりました。
そして私の手術が終わり、自宅療養が終わったタイミングで息子の状態を見せに近所の歯医者にまた行きました。
状態はまだ変わらず・・・。
春休みに手術をしてしまうか、もう少し様子を見るか聞かれました。
でも、この時点で春休みは始まっていて、ここから大学病院の予約をとって、診察して、後日手術の予約をして・・・となると、多分新学期が始まってしまうでしょう。
慌てて手術はしたくないし、息子はとにかく異常なほどの怖がりなので、もう少し様子を見ることにしました。
そして4月。
なんとなんと、できものが小さくなっているではありませんか!!
3mmほどあったできものは、3月の時点では5mmほどになっていました。
このまま大きくなっていくのかなぁなんて不安に思っていたのですが、先日ふと見ると1〜2mmくらいの小さな小さな点しかないのです!
ネットなどで調べると、自然に治ることも稀にあるとのことでした。
まだ完全には消えていませんが、もしかしたら治るかもしれない!!!
次の診察は5月なので、それまでに治ってくれるように、歯磨きでこすらないように、ご飯食べるときに間違えて噛んでしまわないように気を付けて過ごしています。
どうかこのまま治りますように・・・。
あまり美しくありませんが、参考になれば・・・。
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2018年04月03日
前回まで、卵巣嚢腫の入院・手術の自身の体験を書いてきました。
今回は気になる費用やあくまで個人のですが感想を書いてみたいと思います。
まずは気になる費用から。
5泊6日、3割負担、自費の食事代も含めて約19万円といったところです。
ですが『高額療養費制度』というものがあって、年齢や収入によって限度額が決まっており、超えた分は数か月後には戻ってきます。
ただ、一時的にでも支払うのが辛い・・・という我が家のような家庭は『限度額適用認定証』というものを発行してもらうといいですよ。
こちらを病院に提出すれば、限度額を超えた分は窓口で支払わなくても済みます。
私はオットの扶養を外れて、国民健康保険に入っているので、区役所に行ってその手続きをしてきました。その場ですぐに発行してくれましたよ。
社保に入っている方は、入ってる健保に直接連絡してみるといいと思います。手続きについて教えてくれます。
なので窓口で実際支払った金額は上記よりかなり少なく済みました。(金額を書いてしまうと私の年収がわかってしまうので・・・(*´Д`))
あと私は病院のパジャマ・タオルレンタルをしていたので、その金額2346円を支払いました。
入院代はカードで支払えたのですが、レンタル代は現金のみでした。
病院によってこのレンタルはあるところとないところがあると思うのですが、私はかなり助かったのでおススメです。
タオルとパジャマが使いたい放題なので、家からの荷物も減るし、常に清潔なものを利用できます。
おしぼりも利用できたので、術後まだ動けないときやお風呂に入れないときは顔や体をふくだけでも生き返りました。(動けないときは看護師さんが持ってきてくれてたり、拭いてくれたりしました)
寝汗をかいたときや、洗顔などで袖がビショビショになってしまったとき(傷跡が痛くてうまく前かがみになれなくて、袖が濡れてしまった・・・)に、すぐにパジャマを替えることができるのも助かりました。
以上が金額についてです。
そして手術についての私の感想です。
私はとても心配性なので、手術前はネットでみなさんの体験談などを読み漁り、あらゆる危険性を調べ、全てにおいて一番最悪な事態を想像していました。
そして結果として、全てにおいて、想像よりはるかに楽でした!!
でもこれはあくまで私個人の結果です。同じ日に同じ手術をした病室の方と私でさえ、経過は異なりましたから。
なので、こちらは参考までにということで読んでください。
まずは挿管。目が覚めてまだのどに管がささっていたら絶対苦しい!パニックになって暴れてしまうかもしれない。
↓
確かに目が覚めてまだ口に管が入っていたけど、すぐに抜いてくれ苦しくもなんともなかった。
麻酔から覚めたあと、吐き気や頭痛や熱で辛いかもしれない。
↓
吐き気があるような気がして一回だけ吐き気止めを点滴に入れてもらったけど、そこから一度も吐き気はせず、頭痛も全くしなかった。
傷口が痛くて眠れないかもしれない。
↓
全く痛くないわけではないけど、鎮痛剤を飲むかどうか迷う程度の痛み。念のため飲むと痛みは全くと言っていいほどなくなる。(薬が切れるともちろん多少が痛いけど)
手術の前日夜から手術の翌日昼間まで断食。お水も24時間飲めない。辛い。
↓
緊張からかお腹も空かなかったし、のども全然乾かなかった。
手術翌日に歩かされるなんて無理無理!絶対痛いよー。
↓
スタスタ歩けた。
傷口が目立ったら嫌だなぁ。小さくてもケロイドみたいになるのかなぁ。
↓
一か所だけ1.5センチくらいあったけど、あと2か所は5mm程度。ピーっと線が入っているだけで、今のところ盛り上がったり膿んだりもしていない。(術後3週間現在)
全身麻酔で死んでしまうかも・・・。
↓
生きてた。
こんな感じでしょうか。
私は経過も順調なほうだったのだと思います。
ただ、だからといって
「思ったより楽だったからどんどんやっちゃいなよ〜」
というつもりは全くありません。
やはり全身麻酔には確率的には低いとは言え危険はつきものだし、手術だって合併症や術後の辛さなどもあるかもしれません。
先生とよく相談して、手術をするリスクより、しないリスクのほうが高いようなら、先生がしたほうがいいというようなら、手術に踏み切ったほうがいいと思います。
後悔のない選択をしてください。
これから手術をされるかた、手術の成功を祈っています!!大丈夫!!
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今回は気になる費用やあくまで個人のですが感想を書いてみたいと思います。
まずは気になる費用から。
5泊6日、3割負担、自費の食事代も含めて約19万円といったところです。
ですが『高額療養費制度』というものがあって、年齢や収入によって限度額が決まっており、超えた分は数か月後には戻ってきます。
ただ、一時的にでも支払うのが辛い・・・という我が家のような家庭は『限度額適用認定証』というものを発行してもらうといいですよ。
こちらを病院に提出すれば、限度額を超えた分は窓口で支払わなくても済みます。
私はオットの扶養を外れて、国民健康保険に入っているので、区役所に行ってその手続きをしてきました。その場ですぐに発行してくれましたよ。
社保に入っている方は、入ってる健保に直接連絡してみるといいと思います。手続きについて教えてくれます。
なので窓口で実際支払った金額は上記よりかなり少なく済みました。(金額を書いてしまうと私の年収がわかってしまうので・・・(*´Д`))
あと私は病院のパジャマ・タオルレンタルをしていたので、その金額2346円を支払いました。
入院代はカードで支払えたのですが、レンタル代は現金のみでした。
病院によってこのレンタルはあるところとないところがあると思うのですが、私はかなり助かったのでおススメです。
タオルとパジャマが使いたい放題なので、家からの荷物も減るし、常に清潔なものを利用できます。
おしぼりも利用できたので、術後まだ動けないときやお風呂に入れないときは顔や体をふくだけでも生き返りました。(動けないときは看護師さんが持ってきてくれてたり、拭いてくれたりしました)
寝汗をかいたときや、洗顔などで袖がビショビショになってしまったとき(傷跡が痛くてうまく前かがみになれなくて、袖が濡れてしまった・・・)に、すぐにパジャマを替えることができるのも助かりました。
以上が金額についてです。
そして手術についての私の感想です。
私はとても心配性なので、手術前はネットでみなさんの体験談などを読み漁り、あらゆる危険性を調べ、全てにおいて一番最悪な事態を想像していました。
そして結果として、全てにおいて、想像よりはるかに楽でした!!
でもこれはあくまで私個人の結果です。同じ日に同じ手術をした病室の方と私でさえ、経過は異なりましたから。
なので、こちらは参考までにということで読んでください。
まずは挿管。目が覚めてまだのどに管がささっていたら絶対苦しい!パニックになって暴れてしまうかもしれない。
↓
確かに目が覚めてまだ口に管が入っていたけど、すぐに抜いてくれ苦しくもなんともなかった。
麻酔から覚めたあと、吐き気や頭痛や熱で辛いかもしれない。
↓
吐き気があるような気がして一回だけ吐き気止めを点滴に入れてもらったけど、そこから一度も吐き気はせず、頭痛も全くしなかった。
傷口が痛くて眠れないかもしれない。
↓
全く痛くないわけではないけど、鎮痛剤を飲むかどうか迷う程度の痛み。念のため飲むと痛みは全くと言っていいほどなくなる。(薬が切れるともちろん多少が痛いけど)
手術の前日夜から手術の翌日昼間まで断食。お水も24時間飲めない。辛い。
↓
緊張からかお腹も空かなかったし、のども全然乾かなかった。
手術翌日に歩かされるなんて無理無理!絶対痛いよー。
↓
スタスタ歩けた。
傷口が目立ったら嫌だなぁ。小さくてもケロイドみたいになるのかなぁ。
↓
一か所だけ1.5センチくらいあったけど、あと2か所は5mm程度。ピーっと線が入っているだけで、今のところ盛り上がったり膿んだりもしていない。(術後3週間現在)
全身麻酔で死んでしまうかも・・・。
↓
生きてた。
こんな感じでしょうか。
私は経過も順調なほうだったのだと思います。
ただ、だからといって
「思ったより楽だったからどんどんやっちゃいなよ〜」
というつもりは全くありません。
やはり全身麻酔には確率的には低いとは言え危険はつきものだし、手術だって合併症や術後の辛さなどもあるかもしれません。
先生とよく相談して、手術をするリスクより、しないリスクのほうが高いようなら、先生がしたほうがいいというようなら、手術に踏み切ったほうがいいと思います。
後悔のない選択をしてください。
これから手術をされるかた、手術の成功を祈っています!!大丈夫!!
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2018年04月01日
前回の続きです。
卵巣嚢腫の腹腔鏡手術から4日。順調に回復し、無事退院することになりました。
実は今回インフルエンザの時期ということもあって、お見舞いは手術の付き添いも含めてキーパーソンを一人決めて、その人のみ可能という厳しい決まりがありました。
なので母にも子供たちにも会うことができませんでした。
退院はオットが仕事で間に合わないかもしれないということで、母に来てもらいました。
手術後初めて母の顔を見て、
なんか安心して泣けてきてしまった・・・(´;ω;`)
もちろんオットも毎日来てくれ、ずいぶん頼りになったのですが、やっぱり母親というのは誰とも比べようもない安心感というのがありますね。
母には気づかれないようにこっそりと涙を拭きました。
薬は念のためともらった痛み止めと胃薬のみ。
仕事は次の外来までしないほうがいいと言われましたが、家事くらいだったらすぐできるとのこと。
確かに痛みは多少あるものの、無理のない程度なら家事は可能でしょうね。
でも急に頑張りすぎて体調悪くなっても大変だし(もうちょっとぐうたらしていたい)、家族には数日は無理せずゆっくりしたほうがいいって〜と伝えておきました(・∀・)つ
元気に入院し、元気に退院したので、子供たちは大したことないリアクションでした。
ただ、後から小学生の娘が
「早く1日が終わって、早くお母さんが帰ってくるように、毎日すごく早く寝てた」
と言っていたので、毎日不安だったんだろうなと思います。
私がいないときは家族全員で協力して頑張っていたようですが、やはり帰ってきてやる人がいるという安心感か、あまりやらなくなりましたねー。
結局退院の翌日からご飯も作って洗濯もして・・・。いつもと変わらない毎日が始まりましたよ〜。
でも病院の先生も安静にしているよりは動いたほうがいいと言っていたので、無理のない程度に動きました。
心配していた下からの出血は退院後2日くらいで止まりました。
傷跡もピーと一本線があって、それがかさぶたになっているだけで、見た目は本当に目立ちません。
仕事復帰まで、とりあえず普段なかなかできない細かいところの掃除や、春休みの娘と映画に行ったり、実家の両親を訪ねたり、充実した毎日を送りました。
退院から12日後、外来がありました。
心配していた腫瘍の病理検査の結果は、おかげさまで良性でした!
超音波検査で特に問題もなく、傷跡もきれいとのことで、仕事復帰のお許しもいただき、日常生活に何も制限がなくなりました!
心配で、自転車や運動や飲酒などいろいろ聞きましたが、全てオッケー!
今の左側下腹部の痛みも徐々によくなるでしょうとのこと。
そうそう、気になっていた腫瘍をとった後の下腹部の空洞はどうなるのかというのは、内臓特に腸が動いて空洞を埋めていくということでした。
人ってすごいなぁ。
もう大学病院へ来る必要もないので、3か月後くらいに以前かかっていた近所のクリニックへ行ってくださいとのことでした。
はぁーこれで本当に終わったんだな・・・と実感しました。
術後18日現在、多少まだ左側の下腹部に鈍痛があります。でも痛み止めを飲むほどでもなく、普通に生活をしています。仕事も無事復帰できました。
病院スタッフさんや家族の協力、そして技術の進歩により、無事手術を終えることができました。
とにかく感謝感謝です。
残念ながら再発もあるようなので、継続的にきちんと検査を受けていこうと思っています。
かかった金額などは次回にまとめたいと考えています。
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卵巣嚢腫の腹腔鏡手術から4日。順調に回復し、無事退院することになりました。
実は今回インフルエンザの時期ということもあって、お見舞いは手術の付き添いも含めてキーパーソンを一人決めて、その人のみ可能という厳しい決まりがありました。
なので母にも子供たちにも会うことができませんでした。
退院はオットが仕事で間に合わないかもしれないということで、母に来てもらいました。
手術後初めて母の顔を見て、
なんか安心して泣けてきてしまった・・・(´;ω;`)
もちろんオットも毎日来てくれ、ずいぶん頼りになったのですが、やっぱり母親というのは誰とも比べようもない安心感というのがありますね。
母には気づかれないようにこっそりと涙を拭きました。
薬は念のためともらった痛み止めと胃薬のみ。
仕事は次の外来までしないほうがいいと言われましたが、家事くらいだったらすぐできるとのこと。
確かに痛みは多少あるものの、無理のない程度なら家事は可能でしょうね。
でも急に頑張りすぎて体調悪くなっても大変だし(もうちょっとぐうたらしていたい)、家族には数日は無理せずゆっくりしたほうがいいって〜と伝えておきました(・∀・)つ
元気に入院し、元気に退院したので、子供たちは大したことないリアクションでした。
ただ、後から小学生の娘が
「早く1日が終わって、早くお母さんが帰ってくるように、毎日すごく早く寝てた」
と言っていたので、毎日不安だったんだろうなと思います。
私がいないときは家族全員で協力して頑張っていたようですが、やはり帰ってきてやる人がいるという安心感か、あまりやらなくなりましたねー。
結局退院の翌日からご飯も作って洗濯もして・・・。いつもと変わらない毎日が始まりましたよ〜。
でも病院の先生も安静にしているよりは動いたほうがいいと言っていたので、無理のない程度に動きました。
心配していた下からの出血は退院後2日くらいで止まりました。
傷跡もピーと一本線があって、それがかさぶたになっているだけで、見た目は本当に目立ちません。
仕事復帰まで、とりあえず普段なかなかできない細かいところの掃除や、春休みの娘と映画に行ったり、実家の両親を訪ねたり、充実した毎日を送りました。
退院から12日後、外来がありました。
心配していた腫瘍の病理検査の結果は、おかげさまで良性でした!
超音波検査で特に問題もなく、傷跡もきれいとのことで、仕事復帰のお許しもいただき、日常生活に何も制限がなくなりました!
心配で、自転車や運動や飲酒などいろいろ聞きましたが、全てオッケー!
今の左側下腹部の痛みも徐々によくなるでしょうとのこと。
そうそう、気になっていた腫瘍をとった後の下腹部の空洞はどうなるのかというのは、内臓特に腸が動いて空洞を埋めていくということでした。
人ってすごいなぁ。
もう大学病院へ来る必要もないので、3か月後くらいに以前かかっていた近所のクリニックへ行ってくださいとのことでした。
はぁーこれで本当に終わったんだな・・・と実感しました。
術後18日現在、多少まだ左側の下腹部に鈍痛があります。でも痛み止めを飲むほどでもなく、普通に生活をしています。仕事も無事復帰できました。
病院スタッフさんや家族の協力、そして技術の進歩により、無事手術を終えることができました。
とにかく感謝感謝です。
残念ながら再発もあるようなので、継続的にきちんと検査を受けていこうと思っています。
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2018年03月30日
前回の続きです。
手術翌日の夜、私はどうしようもない腹痛に襲われました。
昼間からなんとなく胃の違和感を感じていたのですが、断食のあとの食事だからかなぁなんて思ってました。
それが夜寝ようと横になると、胃が圧迫されて、痛くて痛くて眠れないのです。
胃が張っていて、それが心臓まで押し上げてくるようなイメージ。
看護師さんを呼んで胃痛に効くお薬をもらい、30分後くらいに少し楽になり眠ることができました。
翌朝看護師さんに相談すると
「腹腔鏡手術の時って、実はお腹を炭酸ガスでパンパンに膨らませるの。その時のガスが少し残っているのかもしれない」
と。へぇーお腹をパンパンに。そのガスが残っている。
確かに胃が張っている。ご飯は普通に食べられる。
「少しずつ抜けていくから、痛み止めを飲んでできるだけ体を動かしてみてくださいね。肩からぬけることがあって、その時に少し肩が痛むかもしれないから、その時は肩を回したりしてみて。」
炭酸ガスが?肩から抜ける?肩から・・・。
人体の不思議です。
それからしばらくは胃の痛みに悩まされましたが、退院時(術後4日)にはほとんど気にならないくらいになりました。よかったー。
この日は先生の内診がありました。
まだ下からの出血が少しあるのですが、とくに子宮内に血がたまっていることもなく、順調だとのこと。そして翌日剥がす予定だった傷のテープを今日剥がしてしまうと!!
「え?え?もうですか?傷口開きませんか?」
と聞いたのですが、どうやら傷は抜糸のいらない縫い方でしっかりととめてあるので心配いらないとのこと。傷の状態がいい場合は早めにテープはとってしまったほうがいいとのことでした。
でもその後
「私明日いないんですが、明後日の退院の日はいるのでもし何かあったらまた聞いてくださいねー。」
と言われたので、おそらく明日いないから今日テープを剥がしちゃったんでしょうね。
まぁいいんですが。
さりげなく明後日退院とも言われ一安心。
この日は洗髪だけお許しが出たので、洗面所の洗髪コーナーで髪を洗いました。
はぁー気持ちがいい。
髪がゴワゴワで2回も洗いましたよ。
翌日はシャワーも浴びれるということだったので、前日からいい時間を予約しておきました。
そして術後3日目。
朝一番で尿検査です。
その後採血もありました。
本来ならここで診察と傷口のテープ剥がしがあったようです。
もうテープを剥がしていたので、おそるおそるシャワーを浴びましたが、先生のおっしゃるように傷口はしっかりしまっていたので大丈夫でした。
傷口を恐れて何もしないよりも、しっかり石鹸で洗ったほうがいいとのことだったので、やさしくしっかり洗いましたよ。
この日は本当に暇でした。
看護師さんや先生が皆さんの所を順番に回るので、次は私だろうときちんと熱を測り、髪を整えて布団も整えて待っているんですが、だいたい素通りされました( ̄∇ ̄)
そうそう、点滴ももう朝一くらいに外されていました。
もう全く自由の身です。
同じ日に手術をした奥様は、まだ点滴をしているようで、退院後も抗生剤の内服が必要だと説明を受けていました。
本当に色々ですね。
この日はずっと本を読んだりスマホゲームをしたりして過ごしました。
ご飯もとてもおいしく毎回完食。
どうせ退院したらすぐに家のこと色々やる羽目になるんだろうなーと思い、ゆっくり休みました。
でもお部屋では数人が入れ替わり、私と変わらないくらいの年齢の方が抗がん剤治療でいらっしゃったり、一人で手術の日を迎える方がいたり、色々考えさせられました。
さぁそしていよいよ退院です!
続きは次回。
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手術翌日の夜、私はどうしようもない腹痛に襲われました。
昼間からなんとなく胃の違和感を感じていたのですが、断食のあとの食事だからかなぁなんて思ってました。
それが夜寝ようと横になると、胃が圧迫されて、痛くて痛くて眠れないのです。
胃が張っていて、それが心臓まで押し上げてくるようなイメージ。
看護師さんを呼んで胃痛に効くお薬をもらい、30分後くらいに少し楽になり眠ることができました。
翌朝看護師さんに相談すると
「腹腔鏡手術の時って、実はお腹を炭酸ガスでパンパンに膨らませるの。その時のガスが少し残っているのかもしれない」
と。へぇーお腹をパンパンに。そのガスが残っている。
確かに胃が張っている。ご飯は普通に食べられる。
「少しずつ抜けていくから、痛み止めを飲んでできるだけ体を動かしてみてくださいね。肩からぬけることがあって、その時に少し肩が痛むかもしれないから、その時は肩を回したりしてみて。」
炭酸ガスが?肩から抜ける?肩から・・・。
人体の不思議です。
それからしばらくは胃の痛みに悩まされましたが、退院時(術後4日)にはほとんど気にならないくらいになりました。よかったー。
この日は先生の内診がありました。
まだ下からの出血が少しあるのですが、とくに子宮内に血がたまっていることもなく、順調だとのこと。そして翌日剥がす予定だった傷のテープを今日剥がしてしまうと!!
「え?え?もうですか?傷口開きませんか?」
と聞いたのですが、どうやら傷は抜糸のいらない縫い方でしっかりととめてあるので心配いらないとのこと。傷の状態がいい場合は早めにテープはとってしまったほうがいいとのことでした。
でもその後
「私明日いないんですが、明後日の退院の日はいるのでもし何かあったらまた聞いてくださいねー。」
と言われたので、おそらく明日いないから今日テープを剥がしちゃったんでしょうね。
まぁいいんですが。
さりげなく明後日退院とも言われ一安心。
この日は洗髪だけお許しが出たので、洗面所の洗髪コーナーで髪を洗いました。
はぁー気持ちがいい。
髪がゴワゴワで2回も洗いましたよ。
翌日はシャワーも浴びれるということだったので、前日からいい時間を予約しておきました。
そして術後3日目。
朝一番で尿検査です。
その後採血もありました。
本来ならここで診察と傷口のテープ剥がしがあったようです。
もうテープを剥がしていたので、おそるおそるシャワーを浴びましたが、先生のおっしゃるように傷口はしっかりしまっていたので大丈夫でした。
傷口を恐れて何もしないよりも、しっかり石鹸で洗ったほうがいいとのことだったので、やさしくしっかり洗いましたよ。
この日は本当に暇でした。
看護師さんや先生が皆さんの所を順番に回るので、次は私だろうときちんと熱を測り、髪を整えて布団も整えて待っているんですが、だいたい素通りされました( ̄∇ ̄)
そうそう、点滴ももう朝一くらいに外されていました。
もう全く自由の身です。
同じ日に手術をした奥様は、まだ点滴をしているようで、退院後も抗生剤の内服が必要だと説明を受けていました。
本当に色々ですね。
この日はずっと本を読んだりスマホゲームをしたりして過ごしました。
ご飯もとてもおいしく毎回完食。
どうせ退院したらすぐに家のこと色々やる羽目になるんだろうなーと思い、ゆっくり休みました。
でもお部屋では数人が入れ替わり、私と変わらないくらいの年齢の方が抗がん剤治療でいらっしゃったり、一人で手術の日を迎える方がいたり、色々考えさせられました。
さぁそしていよいよ退院です!
続きは次回。
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2018年03月28日
前回の続きです。
術後の夜は、とても長かったのを覚えています。
看護師さんが2〜3時間おきに様子を見に来てくれて、血圧や熱を測ったり、点滴を替えたりしてくれます。その度に目が覚めるので、あーまだ〇時かぁまだ〇時かぁと夜が明けるのを待っていました。
でも夜通しお世話をしてくれ、本当にありがたいです。
幸い痛みはあまりありませんでした。
看護師さんがよく痛みの具合を
「10段階でいくつくらいですか?」
と聞いてきていたのでいつも
「2くらいです」
と答えていました。
でも、朝方に少し痛みが増してきました。
それでも生理痛でいうこところの、鎮痛剤を飲むか飲まないか悩むラインです。
生理痛ならこの先の痛みの予想がつくので、多分我慢したと思うのですが、今回のような手術の痛みは予想がつかないので、もし痛みがひどくなったら怖いな・・・と思いあまりひどくならないうちにナースコールを押して痛み止めをお願いしました。
まだ飲食禁止の時間帯だったので、坐薬です。
若くてかわいい子が、一生懸命坐薬を入れてくれましたよ。
「あれ?あれ?」
となかなか入らなくて、なんか恥ずかしいやら申し訳ないやら・・・。
でもその坐薬が効いてくると、痛みはほぼ『0』になり、朝方から3時間くらいはぐっすり眠れたと思います。
朝になり、周りが騒がしくなってきました。
みんなの所には朝食が運ばれてきています。
でも不思議とお腹もあまり空いていなく、喉も乾いていませんでした。
地味に断食がきついかなーと思っていたので、あまり辛くなく安心しました。
私と同じ日に手術をした隣の隣のベッドの奥様が、歩行練習を始めました。
よし、次は私だ。
ずーとベッドに横になっていると、正直術後の傷口の痛みより腰や背中の痛みが強くなってきました。あと、足に巻いてあるマッサージ機みたいなやつが暑くて蒸れる。
奥様の歩行練習は順調に行き、次は私のところへ看護師さんがきてくれました。
そして点滴を除いた体の管やらなんやらが外されていきます。
「汗をかいていると思うので、着替えましょうか。お手伝いしますよ。」
と温かいおしぼりをいくつか持ってきてくれました。
まずは顔を拭きます。
気持ちいい・・・・
おしぼりで顔を拭くだけなのに、生き返ったようです。
そしてその後私の手の届かない背中などを、看護師さんが温かいおしぼりで拭いてくれました。
はぁ〜ありがたい・・・(´;ω;`)
本当に涙が出るくらいありがたいです。
とてもすっきりしました。
下着を替えるのも温かく見守ってくれて、準備ができたらいよいよ歩行練習です。
トイレまで往復歩けたら、尿道カテーテルを外してもらえます。
恐る恐る歩き始めましたが、正直傷口は少し響く程度で、あまり痛みはありませんでした。
トイレまで、楽勝です!
それを確認すると、看護師さんがいよいよ尿道カテーテルを外してくれます。
これについてもあちこちのブログで痛いとか気持ち悪いとか見ていたので、緊張していました。
看護師さんに
「せーので息をふーぅと吐いてくださいね」
と言われ、その通りにしたら
すぽっと抜けて、痛みも気持ち悪さもなにもありませんでした。
点滴がついているものの、かなりすっきり!
手術から24時間たってないなんて嘘みたいです!
それからはどんどん歩く練習をするように言われました。
痛かったら痛み止めを飲んででも動いたほうがいいとのこと。動くことが一番の回復への近道と。
なので私は結構ちょくちょくふらふらほっつき歩いていました。
もちろんゆっくりではありますが、産科と同じフロアーだったので、たまに新生児ちゃんが運ばれてくることがあって、そんな時はちょっと早歩きで追いつき、勝手にのぞいて癒されていました。
その後お昼は三分粥と茶碗蒸しの具なしみたいのやお汁が出てきて、夜は全粥でした。
お粥は量が多くて残しましたが、食欲はちゃんとありました。
午後になり、オットがお見舞いにきたのですが、昨日の今日なのに私がすっきりとした顔をしていてしかも歩き回っているのでかなり驚いていました。
術後に先生からオットへお話があったようで、それによると結局取れた腫瘍はなんと10センチもあったとのことでした。
あまりにも大きいので半分に切って取り出したとのこと。
そうそう、傷口なんですが、おへそ一か所と左右と真ん中で合計4つ、テープで止めてありました。
どの傷も1センチあるかないなんですが、左側だけ1.5センチくらいありました。ここから腫瘍をだしたのだろうか。
オットは腫瘍を見せてもらったそうです。
ぱっと見グレープフルーツくらいあったと。どこにそんな大きいものが入っていたんだろう。
しかも取った後、別に下っ腹がへっこんだ様子もないし。ほんと不思議。
オットには写真をとっておいてほしいとお願いしたんですが、なんかそんな空気じゃなかったと撮れなかったらしいです。
はぁ、見たかったな。
そんなこんなで順調順調と思っていたのですが、夜になり我慢ができないくらいの腹痛に襲われるのでした。
長くなったので続きは次回。
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術後の夜は、とても長かったのを覚えています。
看護師さんが2〜3時間おきに様子を見に来てくれて、血圧や熱を測ったり、点滴を替えたりしてくれます。その度に目が覚めるので、あーまだ〇時かぁまだ〇時かぁと夜が明けるのを待っていました。
でも夜通しお世話をしてくれ、本当にありがたいです。
幸い痛みはあまりありませんでした。
看護師さんがよく痛みの具合を
「10段階でいくつくらいですか?」
と聞いてきていたのでいつも
「2くらいです」
と答えていました。
でも、朝方に少し痛みが増してきました。
それでも生理痛でいうこところの、鎮痛剤を飲むか飲まないか悩むラインです。
生理痛ならこの先の痛みの予想がつくので、多分我慢したと思うのですが、今回のような手術の痛みは予想がつかないので、もし痛みがひどくなったら怖いな・・・と思いあまりひどくならないうちにナースコールを押して痛み止めをお願いしました。
まだ飲食禁止の時間帯だったので、坐薬です。
若くてかわいい子が、一生懸命坐薬を入れてくれましたよ。
「あれ?あれ?」
となかなか入らなくて、なんか恥ずかしいやら申し訳ないやら・・・。
でもその坐薬が効いてくると、痛みはほぼ『0』になり、朝方から3時間くらいはぐっすり眠れたと思います。
朝になり、周りが騒がしくなってきました。
みんなの所には朝食が運ばれてきています。
でも不思議とお腹もあまり空いていなく、喉も乾いていませんでした。
地味に断食がきついかなーと思っていたので、あまり辛くなく安心しました。
私と同じ日に手術をした隣の隣のベッドの奥様が、歩行練習を始めました。
よし、次は私だ。
ずーとベッドに横になっていると、正直術後の傷口の痛みより腰や背中の痛みが強くなってきました。あと、足に巻いてあるマッサージ機みたいなやつが暑くて蒸れる。
奥様の歩行練習は順調に行き、次は私のところへ看護師さんがきてくれました。
そして点滴を除いた体の管やらなんやらが外されていきます。
「汗をかいていると思うので、着替えましょうか。お手伝いしますよ。」
と温かいおしぼりをいくつか持ってきてくれました。
まずは顔を拭きます。
気持ちいい・・・・
おしぼりで顔を拭くだけなのに、生き返ったようです。
そしてその後私の手の届かない背中などを、看護師さんが温かいおしぼりで拭いてくれました。
はぁ〜ありがたい・・・(´;ω;`)
本当に涙が出るくらいありがたいです。
とてもすっきりしました。
下着を替えるのも温かく見守ってくれて、準備ができたらいよいよ歩行練習です。
トイレまで往復歩けたら、尿道カテーテルを外してもらえます。
恐る恐る歩き始めましたが、正直傷口は少し響く程度で、あまり痛みはありませんでした。
トイレまで、楽勝です!
それを確認すると、看護師さんがいよいよ尿道カテーテルを外してくれます。
これについてもあちこちのブログで痛いとか気持ち悪いとか見ていたので、緊張していました。
看護師さんに
「せーので息をふーぅと吐いてくださいね」
と言われ、その通りにしたら
すぽっと抜けて、痛みも気持ち悪さもなにもありませんでした。
点滴がついているものの、かなりすっきり!
手術から24時間たってないなんて嘘みたいです!
それからはどんどん歩く練習をするように言われました。
痛かったら痛み止めを飲んででも動いたほうがいいとのこと。動くことが一番の回復への近道と。
なので私は結構ちょくちょくふらふらほっつき歩いていました。
もちろんゆっくりではありますが、産科と同じフロアーだったので、たまに新生児ちゃんが運ばれてくることがあって、そんな時はちょっと早歩きで追いつき、勝手にのぞいて癒されていました。
その後お昼は三分粥と茶碗蒸しの具なしみたいのやお汁が出てきて、夜は全粥でした。
お粥は量が多くて残しましたが、食欲はちゃんとありました。
午後になり、オットがお見舞いにきたのですが、昨日の今日なのに私がすっきりとした顔をしていてしかも歩き回っているのでかなり驚いていました。
術後に先生からオットへお話があったようで、それによると結局取れた腫瘍はなんと10センチもあったとのことでした。
あまりにも大きいので半分に切って取り出したとのこと。
そうそう、傷口なんですが、おへそ一か所と左右と真ん中で合計4つ、テープで止めてありました。
どの傷も1センチあるかないなんですが、左側だけ1.5センチくらいありました。ここから腫瘍をだしたのだろうか。
オットは腫瘍を見せてもらったそうです。
ぱっと見グレープフルーツくらいあったと。どこにそんな大きいものが入っていたんだろう。
しかも取った後、別に下っ腹がへっこんだ様子もないし。ほんと不思議。
オットには写真をとっておいてほしいとお願いしたんですが、なんかそんな空気じゃなかったと撮れなかったらしいです。
はぁ、見たかったな。
そんなこんなで順調順調と思っていたのですが、夜になり我慢ができないくらいの腹痛に襲われるのでした。
長くなったので続きは次回。
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2018年03月26日
前回の続きです。
いよいよ歩いて手術室へ向かいました。
オットは手術室の前までです。私はなるべく明るく
「じゃああとでね♪」
と手を振って別れました。
オットは静かに微笑んでしました。
実はこの2か月前に、母が心臓の手術をし、私は今のオットのように手術室の前でお見送りしました。
だからオットの気持ちはよくわかります。
本人ももちろん怖いけど、待ってる家族もとても怖い。後姿を見送るときのなんとも言えない気持ち。
私はオットにこんな気持ちを味わわせてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
さて、そこはすぐ手術室かと思いきや、左右にいくつか手術室があり、私は椅子に座って待ちました。そして手術をする看護師さんにバトンタッチして、名前と生年月日を伝えます。
そして手術室の扉が開きました。
ザ!手術室!!
ドラマを見ているようで、これから自分があの真ん中にあるベッドに寝かされるなんで実感がありませんでした。
でも私は実はクリニックで医療事務として働いていて、小さい手術室もあるのでそんなに恐怖は感じなかったんですが、オットに話すと
「俺なら膝がガクガクしちゃったかも・・・・」
と恐れていました(*´ェ`*)
ベッドの頭に若い女性の先生がいて
「こんにちは。麻酔科の〇〇です。よろしくお願いします。」
と挨拶をされました。
ふと辺りを見回すと、執刀医の先生がモニターで私の子宮の様子を真剣に見ていて、その方も若い女性の方。
お二人とも30代半ばくらいでしょうか。
こうやって女性が活躍されるのは本当に素晴らしいことだな〜となんだかうれしくなりました。
今思うとこんなことを考えらるなんて余裕があったのか、もしくは緊張を通り越してなんか変なテンションになっていたのかな。
そしてベッドに横になり、もう一度名前と生年月日、手術部位を言わされました。
「左の卵巣です」
としっかり答えました。
なんかテレビで左右を間違えたとかいうニュースを見たことがあったから。
すると術衣を脱がされて、準備が始まりました。
そこで、先日話をした麻酔科の先生とは違う先生だったことを思い出し、その女性の麻酔科の先生に目が覚めた時に管が口のなかにあったらパニックになりそうな旨伝えました。
すると優しく
「手術が終了したらこちらでお声掛けをするので、その通りにしてもらえればすぐに抜きますよ。大丈夫です」
と言ってくださり、少し落ち着きました。
上半身は裸になりタオルをかけられ、パンツはいつぬぐのかなーと考えていたら
「では、麻酔を入れていきますねー」
と言われました。
点滴の管から入れます。
「麻酔が入るとき少ししびれる感じがして痛いかもしれません」
と言われて、腕を一生懸命さすってくれてました。
全然痛くありません。
「はい、眠くなりますよー」
私の顔を、麻酔科の先生が上からのぞき込んでいます。
もし目をつぶってしまって、まだ寝ていないのに眠ったと思われて手術が始まったら怖いと思い、限界まで目を開けていようと思っていました。
でも3秒くらいで、先生の顔と天井が、ぐにゃ〜と歪んでいき、意識を失いました。
*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜
「〇〇さーん!〇〇さーん!終わりましたよー!!」
遠くで私を呼ぶ声がします。
うっすら目をあけると、わかりますかー?と聞かれ、コクっとうなずきました。
その時誰かが何かの合図を出して
『すぽっ!』
と私の口から何かが抜かれました。
そして遠くで誰かが
「〇〇大丈夫です。今少し咳込んでいます。」
と言っています。
ごほごほっ・・ごほごほっ・・・
あーこの咳込みは私なんだ。なんか隣の誰かが咳込んでいるようで不思議な感じです。
管を抜いた時も、咳込んでいるときも何も苦しくありませんでした。
1、2、3の掛け声で何人かが下のシーツごと私を隣のベッドに移していました。
あーこれよくテレビで見るやつだーなんて思っていると、酸素マスクをつけられ、なんか色々身支度をされてました。
「旦那さんには声かけてある?」「はい今きまーす」
など遠くの声が聞こえてきます。
ベッドが動き出し、どうやらお部屋に戻るようです。
エレベーターに乗り、狭い廊下を右に曲がり左に曲がりまた右に曲がり・・・と、やっと到着するころには乗り物酔いのような感覚がありました。
「気持ち悪いとかありませんか?」
と聞かれ、ありませ・・・と答えようとするも、のどからうまく声が出ません。
先ほどまで入っていた管の影響でしょう。
今にも吐きそうとかはなかったのですが、なんだか軽い乗り物酔いのうような感じはあったので、吐き気止めの薬を点滴に入れてもらいました。
いつのまにか尿道カテーテルがついていて、心電図も繋がれていました。あとひざ下は弾圧ストッキングを履いているんですが、その上からマッサージ機のようなものがつけられていて、自動でウィーンウィーンと動いています。
なんか体のあちこちから管が出ている感じ。
特に痛みもなく、なんだか頭がボーッとしている感じ。
近くにオットがいるけど、思うようにしゃべれなくてしばらくうとうと・・・。
そして目が覚めるとまだオットがいました。
どのくらいかかったかオットに聞くと、3時間半くらいだったとのこと。
ずいぶんかかったなぁ。
実際の手術は1時間半くらいと聞いていたので、麻酔の準備や術後の色々で時間がかかっているのでしょう。全身麻酔は大変ですね。
もう時刻は17時過ぎ。
子供たちも家で待っているので、オットには帰ってもらいました。
オットはこの後子供たちのために夕飯を作ったそうです。ご苦労様です。
術後は翌日のお昼まで食事はできないので、あとはただひたすら寝ているだけです。
長くなったので、続きは次回。
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いよいよ歩いて手術室へ向かいました。
オットは手術室の前までです。私はなるべく明るく
「じゃああとでね♪」
と手を振って別れました。
オットは静かに微笑んでしました。
実はこの2か月前に、母が心臓の手術をし、私は今のオットのように手術室の前でお見送りしました。
だからオットの気持ちはよくわかります。
本人ももちろん怖いけど、待ってる家族もとても怖い。後姿を見送るときのなんとも言えない気持ち。
私はオットにこんな気持ちを味わわせてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
さて、そこはすぐ手術室かと思いきや、左右にいくつか手術室があり、私は椅子に座って待ちました。そして手術をする看護師さんにバトンタッチして、名前と生年月日を伝えます。
そして手術室の扉が開きました。
ザ!手術室!!
ドラマを見ているようで、これから自分があの真ん中にあるベッドに寝かされるなんで実感がありませんでした。
でも私は実はクリニックで医療事務として働いていて、小さい手術室もあるのでそんなに恐怖は感じなかったんですが、オットに話すと
「俺なら膝がガクガクしちゃったかも・・・・」
と恐れていました(*´ェ`*)
ベッドの頭に若い女性の先生がいて
「こんにちは。麻酔科の〇〇です。よろしくお願いします。」
と挨拶をされました。
ふと辺りを見回すと、執刀医の先生がモニターで私の子宮の様子を真剣に見ていて、その方も若い女性の方。
お二人とも30代半ばくらいでしょうか。
こうやって女性が活躍されるのは本当に素晴らしいことだな〜となんだかうれしくなりました。
今思うとこんなことを考えらるなんて余裕があったのか、もしくは緊張を通り越してなんか変なテンションになっていたのかな。
そしてベッドに横になり、もう一度名前と生年月日、手術部位を言わされました。
「左の卵巣です」
としっかり答えました。
なんかテレビで左右を間違えたとかいうニュースを見たことがあったから。
すると術衣を脱がされて、準備が始まりました。
そこで、先日話をした麻酔科の先生とは違う先生だったことを思い出し、その女性の麻酔科の先生に目が覚めた時に管が口のなかにあったらパニックになりそうな旨伝えました。
すると優しく
「手術が終了したらこちらでお声掛けをするので、その通りにしてもらえればすぐに抜きますよ。大丈夫です」
と言ってくださり、少し落ち着きました。
上半身は裸になりタオルをかけられ、パンツはいつぬぐのかなーと考えていたら
「では、麻酔を入れていきますねー」
と言われました。
点滴の管から入れます。
「麻酔が入るとき少ししびれる感じがして痛いかもしれません」
と言われて、腕を一生懸命さすってくれてました。
全然痛くありません。
「はい、眠くなりますよー」
私の顔を、麻酔科の先生が上からのぞき込んでいます。
もし目をつぶってしまって、まだ寝ていないのに眠ったと思われて手術が始まったら怖いと思い、限界まで目を開けていようと思っていました。
でも3秒くらいで、先生の顔と天井が、ぐにゃ〜と歪んでいき、意識を失いました。
*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜
「〇〇さーん!〇〇さーん!終わりましたよー!!」
遠くで私を呼ぶ声がします。
うっすら目をあけると、わかりますかー?と聞かれ、コクっとうなずきました。
その時誰かが何かの合図を出して
『すぽっ!』
と私の口から何かが抜かれました。
そして遠くで誰かが
「〇〇大丈夫です。今少し咳込んでいます。」
と言っています。
ごほごほっ・・ごほごほっ・・・
あーこの咳込みは私なんだ。なんか隣の誰かが咳込んでいるようで不思議な感じです。
管を抜いた時も、咳込んでいるときも何も苦しくありませんでした。
1、2、3の掛け声で何人かが下のシーツごと私を隣のベッドに移していました。
あーこれよくテレビで見るやつだーなんて思っていると、酸素マスクをつけられ、なんか色々身支度をされてました。
「旦那さんには声かけてある?」「はい今きまーす」
など遠くの声が聞こえてきます。
ベッドが動き出し、どうやらお部屋に戻るようです。
エレベーターに乗り、狭い廊下を右に曲がり左に曲がりまた右に曲がり・・・と、やっと到着するころには乗り物酔いのような感覚がありました。
「気持ち悪いとかありませんか?」
と聞かれ、ありませ・・・と答えようとするも、のどからうまく声が出ません。
先ほどまで入っていた管の影響でしょう。
今にも吐きそうとかはなかったのですが、なんだか軽い乗り物酔いのうような感じはあったので、吐き気止めの薬を点滴に入れてもらいました。
いつのまにか尿道カテーテルがついていて、心電図も繋がれていました。あとひざ下は弾圧ストッキングを履いているんですが、その上からマッサージ機のようなものがつけられていて、自動でウィーンウィーンと動いています。
なんか体のあちこちから管が出ている感じ。
特に痛みもなく、なんだか頭がボーッとしている感じ。
近くにオットがいるけど、思うようにしゃべれなくてしばらくうとうと・・・。
そして目が覚めるとまだオットがいました。
どのくらいかかったかオットに聞くと、3時間半くらいだったとのこと。
ずいぶんかかったなぁ。
実際の手術は1時間半くらいと聞いていたので、麻酔の準備や術後の色々で時間がかかっているのでしょう。全身麻酔は大変ですね。
もう時刻は17時過ぎ。
子供たちも家で待っているので、オットには帰ってもらいました。
オットはこの後子供たちのために夕飯を作ったそうです。ご苦労様です。
術後は翌日のお昼まで食事はできないので、あとはただひたすら寝ているだけです。
長くなったので、続きは次回。
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2018年03月24日
前回の続きです。
いよいよ入院当日となりました。入院は手術の1日前となります。
手術の3/12は月曜だったため、11(日)の入院です。
日曜日は外来や入院の受付は閉まっているので、救急車が到着する救急外来での受付になりました。
救急車が到着してからは一刻を争うことになるので、同じフロア―に手術室やICUなどがありました。緊張するなぁ。
10時半までには来てくれとのことでしたが、その後とても暇でした。パジャマやタオルはレンタルにしていたので、早速病院のパジャマに着替えて、院内のシャワー室や洗面室などいろいろ案内してもらいました。
余談ですが、パジャマやタオルはレンタルできるのならしたほうがいいかなと思います。
病院によって違うとは思うのですが、私が入院した病院は1日400円弱で使いたい放題でした。
手術の後は痛みなどで寝汗をかいてしまったり、血液で汚れてしまったりすることもあります。そんな時はその都度交換することができました。
タオルも顔や体を拭くおしぼりがシャワー禁止の期間はとても助かりました。
洗濯物が下着しか出ないのもよかったです。
さて、前日に入院し、昼食を食べ、15時ころに下剤を飲みました。
緩やかに効くものらしく、寝る前くらいに便意をもよおすはずだということ。
その後、看護師さんに呼ばれて下腹部の剃毛をしました。
といっても、上の方ほんの少しです。バリカンでやるんですね。
くすぐったくて笑いをこらえるのに必死(笑)
その後シャワーを浴びて、夕飯を食べました。
食事は0時まで。飲み物は翌日朝8時まで可とのこと。翌々日のお昼まで食事は禁止です。
夕飯は17時半ころ。これはお腹空くでしょーと思い、やってきた看護師さんに
「あのー。0時まで食事が可能ということは、夕飯の後何か食べてもいいんですか?」
「いいですよ〜」
そうなの!?Σ(゚д゚;)
慌てて院内のコンビニに行こうとするも、もう閉まってる・・・。
なのでオットに電話し、菓子パンを買ってきてもらうことに。
病院から自宅までは徒歩15分ほどなんですよ。近くてよかった・・・。
めでたく菓子パンをゲットし、夜9時ころいただきました。
翌朝、菓子パンのお許しをいただいた別の看護師さんに、食事の最後は何時ですか?と聞かれました。
いいと言われたものの、本当にいいのか不安になり、でも嘘はいけないなぁと思い
「夜9時くらいに菓子パンを少々(本当は一個丸々食べた)・・・。」
「わかりました〜」
よかった、怒られなかった・・・。
飲み物は朝8時までなので、8時ぴったりにお水をごくごくいただきました。
さて、手術は午後に行うということだけわかっているだけで、何時になるかはぎりぎりまでわからないとのこと。緊急の手術が入ったりするかららしい。
何時かわからないのってすごく嫌。
2つ隣のベッドの奥様(多分40代後半くらい?)は朝一の手術らしく、朝から慌ただしそう。
もう家族の方も来てる。
カーテン越しに聞いた話だと、どうやら私と同じ腹腔鏡の手術みたい。
ここまできたら早く終わらせたい。朝一はうらやましい。
私も浣腸をされ、点滴もされた。
浣腸は今回結構がんばって、5分も待った。それがよかったのか悪かったのか、しばらくお腹が痛くて何度もトイレに通った。
そうこうしているうちに、お昼近くになり、朝一番手術の奥様が戻ってきた。
姿は見えないけれど、ベッドのまま運ばれて、看護師さんもバタバタしてる。
寒いですか?気持ち悪くないですか?
と聞かれているようだけど、患者さん本人の声が聞こえない。
話できないのかなぁ。
その後、何度も嘔吐する声が・・・!!(((( ;゚д゚)))
く、苦しそう・・・。
私もそうなるのかな・・・。怖いよ・・・。
急に実感がわいてきて、恐怖しかありませんでした。
そしてすぐに
「〇〇さーん。あと15分で手術になります。お手洗い行って、ナースステーションの前にきてくださいねー」
と。
時刻は13時くらい。
思ったより早く呼ばれた!!
ドキドキしながら、オットと手術室に向かいました。
歩いていくんですね。
足取りが重かったです。
さぁ、いよいよ手術です!!
続きは次回。
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いよいよ入院当日となりました。入院は手術の1日前となります。
手術の3/12は月曜だったため、11(日)の入院です。
日曜日は外来や入院の受付は閉まっているので、救急車が到着する救急外来での受付になりました。
救急車が到着してからは一刻を争うことになるので、同じフロア―に手術室やICUなどがありました。緊張するなぁ。
10時半までには来てくれとのことでしたが、その後とても暇でした。パジャマやタオルはレンタルにしていたので、早速病院のパジャマに着替えて、院内のシャワー室や洗面室などいろいろ案内してもらいました。
余談ですが、パジャマやタオルはレンタルできるのならしたほうがいいかなと思います。
病院によって違うとは思うのですが、私が入院した病院は1日400円弱で使いたい放題でした。
手術の後は痛みなどで寝汗をかいてしまったり、血液で汚れてしまったりすることもあります。そんな時はその都度交換することができました。
タオルも顔や体を拭くおしぼりがシャワー禁止の期間はとても助かりました。
洗濯物が下着しか出ないのもよかったです。
さて、前日に入院し、昼食を食べ、15時ころに下剤を飲みました。
緩やかに効くものらしく、寝る前くらいに便意をもよおすはずだということ。
その後、看護師さんに呼ばれて下腹部の剃毛をしました。
といっても、上の方ほんの少しです。バリカンでやるんですね。
くすぐったくて笑いをこらえるのに必死(笑)
その後シャワーを浴びて、夕飯を食べました。
食事は0時まで。飲み物は翌日朝8時まで可とのこと。翌々日のお昼まで食事は禁止です。
夕飯は17時半ころ。これはお腹空くでしょーと思い、やってきた看護師さんに
「あのー。0時まで食事が可能ということは、夕飯の後何か食べてもいいんですか?」
「いいですよ〜」
そうなの!?Σ(゚д゚;)
慌てて院内のコンビニに行こうとするも、もう閉まってる・・・。
なのでオットに電話し、菓子パンを買ってきてもらうことに。
病院から自宅までは徒歩15分ほどなんですよ。近くてよかった・・・。
めでたく菓子パンをゲットし、夜9時ころいただきました。
翌朝、菓子パンのお許しをいただいた別の看護師さんに、食事の最後は何時ですか?と聞かれました。
いいと言われたものの、本当にいいのか不安になり、でも嘘はいけないなぁと思い
「夜9時くらいに菓子パンを少々(本当は一個丸々食べた)・・・。」
「わかりました〜」
よかった、怒られなかった・・・。
飲み物は朝8時までなので、8時ぴったりにお水をごくごくいただきました。
さて、手術は午後に行うということだけわかっているだけで、何時になるかはぎりぎりまでわからないとのこと。緊急の手術が入ったりするかららしい。
何時かわからないのってすごく嫌。
2つ隣のベッドの奥様(多分40代後半くらい?)は朝一の手術らしく、朝から慌ただしそう。
もう家族の方も来てる。
カーテン越しに聞いた話だと、どうやら私と同じ腹腔鏡の手術みたい。
ここまできたら早く終わらせたい。朝一はうらやましい。
私も浣腸をされ、点滴もされた。
浣腸は今回結構がんばって、5分も待った。それがよかったのか悪かったのか、しばらくお腹が痛くて何度もトイレに通った。
そうこうしているうちに、お昼近くになり、朝一番手術の奥様が戻ってきた。
姿は見えないけれど、ベッドのまま運ばれて、看護師さんもバタバタしてる。
寒いですか?気持ち悪くないですか?
と聞かれているようだけど、患者さん本人の声が聞こえない。
話できないのかなぁ。
その後、何度も嘔吐する声が・・・!!(((( ;゚д゚)))
く、苦しそう・・・。
私もそうなるのかな・・・。怖いよ・・・。
急に実感がわいてきて、恐怖しかありませんでした。
そしてすぐに
「〇〇さーん。あと15分で手術になります。お手洗い行って、ナースステーションの前にきてくださいねー」
と。
時刻は13時くらい。
思ったより早く呼ばれた!!
ドキドキしながら、オットと手術室に向かいました。
歩いていくんですね。
足取りが重かったです。
さぁ、いよいよ手術です!!
続きは次回。
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2018年03月22日
前回の続きです。
手術1週間前になり、前回の術前検査の結果と、手術の詳しいお話がありました。
診察室に入ると術前検査のそれぞれの項目で異常がなかったことと、MRIの画像を先生方で見た結果、まず良性でしょうということと、卵巣嚢腫の中でも皮様嚢腫で間違いないでしょうとのことでした。
※皮様嚢腫・・・別名『成熟嚢胞性奇形腫』とも言う。赤ちゃんのもとになる細胞が勝手に細胞分裂してしまってできた良性腫瘍。皮脂や髪の毛や歯が含まれることが多いとのこと。(主治医によるお話より)
そして最後に先生が
「えーとね。胸部のレントゲンなんだけど、肺に小さな影が見えるんだよね。まぁ良性だとは思うんだけど、手術を控えてるから念のため、これからCT検査を受けてくれるかな。念のためだから、ね。」
と。
えーー?肺に影?これ話が変わってきてない?
何?もしかしてこっちのほうが深刻で手術が変更になってりして?
えーーー?
もう・・・ショックでショックで。
手術の説明には家族も一緒に来るように言われていたので、オットもそばにいました。
一人じゃなくてよかったかも・・・。
2人で重い空気を背負ったまま、CT検査室の前で待ちました。
緊急で入れてもらっているので、予約の方々の合間に呼ばれます。
結構待ったかな・・・。
そして終了後、また診察室に戻りました。
ドキドキドキドキ・・・。
「あ、CTの結果ね、何にもありませんでした。なんか血管の陰でそんな風に見えてただけで、何にもなかったです。だから手術も予定通り。」
はぁーよかったぁ(´;ω;`)
今のだけで寿命が縮まりましたよ。はい。
そして手術の詳しい話を聞きました。腹腔鏡手術になること。卵巣は残してもらえること。
あとは手術の危険性ですね。万が一の話をするので、怖い話ばかり・・・。
でも同意するしかありません。
そして本来なら入院当日に麻酔科の先生から麻酔について話があるらしいんですが、私は日曜入院で日曜は行っていないとのことで、この日に麻酔科の先生の話を聞きに行きました。
またそこで私にとっての試練が!
全身麻酔ということは聞いていたのですが、同じく腹腔鏡手術を受けた知人は「寝ている間に終わってたよ〜」と言っていたのです。
でも、麻酔科の先生のお話だと
「手術が終わったら、麻酔から覚めているか確認のため呼びかけますので、目が覚めて深呼吸をしっかりしているか確認できたら口の中の管を抜きます」
と。
え?目が覚めてから?
口の中の管というのは、全身麻酔は自発呼吸も難しくなるので、管を気管の中に入れ人工呼吸に切り替わります。それはもう奥深くに管は入るのです。
それを目が覚めてからなんて言ったら苦しいよね?
私はただでさえすぐにおえっとなってしまうのに・・・。
それをそのまま先生に訴えました。
「あー、確かに少し苦しいかもしれませんね・・・。でも目が覚めているとわかったらすぐに抜きますので、お声かけ通りにしていただければ大丈夫ですよ」
と。やっぱり苦しいのね・・・。
帰宅後、ネットでその辺りのことを調べまくると、やはり苦しくて苦しくて暴れたとか、死ぬかと思ったなどの証言が多くありました。
うぅ・・・。怖い。
そんな怒涛の一日が終わり(5時間も病院にいたよ)、いよいよ入院となるのです。
それはまた次回。
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手術1週間前になり、前回の術前検査の結果と、手術の詳しいお話がありました。
診察室に入ると術前検査のそれぞれの項目で異常がなかったことと、MRIの画像を先生方で見た結果、まず良性でしょうということと、卵巣嚢腫の中でも皮様嚢腫で間違いないでしょうとのことでした。
※皮様嚢腫・・・別名『成熟嚢胞性奇形腫』とも言う。赤ちゃんのもとになる細胞が勝手に細胞分裂してしまってできた良性腫瘍。皮脂や髪の毛や歯が含まれることが多いとのこと。(主治医によるお話より)
そして最後に先生が
「えーとね。胸部のレントゲンなんだけど、肺に小さな影が見えるんだよね。まぁ良性だとは思うんだけど、手術を控えてるから念のため、これからCT検査を受けてくれるかな。念のためだから、ね。」
と。
えーー?肺に影?これ話が変わってきてない?
何?もしかしてこっちのほうが深刻で手術が変更になってりして?
えーーー?
もう・・・ショックでショックで。
手術の説明には家族も一緒に来るように言われていたので、オットもそばにいました。
一人じゃなくてよかったかも・・・。
2人で重い空気を背負ったまま、CT検査室の前で待ちました。
緊急で入れてもらっているので、予約の方々の合間に呼ばれます。
結構待ったかな・・・。
そして終了後、また診察室に戻りました。
ドキドキドキドキ・・・。
「あ、CTの結果ね、何にもありませんでした。なんか血管の陰でそんな風に見えてただけで、何にもなかったです。だから手術も予定通り。」
はぁーよかったぁ(´;ω;`)
今のだけで寿命が縮まりましたよ。はい。
そして手術の詳しい話を聞きました。腹腔鏡手術になること。卵巣は残してもらえること。
あとは手術の危険性ですね。万が一の話をするので、怖い話ばかり・・・。
でも同意するしかありません。
そして本来なら入院当日に麻酔科の先生から麻酔について話があるらしいんですが、私は日曜入院で日曜は行っていないとのことで、この日に麻酔科の先生の話を聞きに行きました。
またそこで私にとっての試練が!
全身麻酔ということは聞いていたのですが、同じく腹腔鏡手術を受けた知人は「寝ている間に終わってたよ〜」と言っていたのです。
でも、麻酔科の先生のお話だと
「手術が終わったら、麻酔から覚めているか確認のため呼びかけますので、目が覚めて深呼吸をしっかりしているか確認できたら口の中の管を抜きます」
と。
え?目が覚めてから?
口の中の管というのは、全身麻酔は自発呼吸も難しくなるので、管を気管の中に入れ人工呼吸に切り替わります。それはもう奥深くに管は入るのです。
それを目が覚めてからなんて言ったら苦しいよね?
私はただでさえすぐにおえっとなってしまうのに・・・。
それをそのまま先生に訴えました。
「あー、確かに少し苦しいかもしれませんね・・・。でも目が覚めているとわかったらすぐに抜きますので、お声かけ通りにしていただければ大丈夫ですよ」
と。やっぱり苦しいのね・・・。
帰宅後、ネットでその辺りのことを調べまくると、やはり苦しくて苦しくて暴れたとか、死ぬかと思ったなどの証言が多くありました。
うぅ・・・。怖い。
そんな怒涛の一日が終わり(5時間も病院にいたよ)、いよいよ入院となるのです。
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